578. 頭の中のおしゃべり

16:30を告げるアラームを止め、トイレに行き、パソコンを持って書斎にやってきた。

窓際に設置された暖房はリビングや寝室にあるものよりずっと小さいが、ほんのりとした、この部屋には十分なあたたかさをもたらしてくれている。

カモメの鳴き声が聞こえる。にわかに、西の方角から中庭に光が差し込み、目の前にある梨の木が黄金の光を抱く。

つくづく、頭の中は勝手な考え事が巡っているものだ。

コーチングセッションの間はそれを脇に追いやることができるようになっているが、不思議なことに普段の生活はそうもいかない。私が普段、他者と話をする時間は、日本で会社員をしていたときに比べるとその3分の1にも満たないのではないかと思うが、放っておくと勝手なおしゃべりが頭を占領している。もしこんな状態で人の話を聞いていたら、それはとても「聞いている」とは言えないだろう。過ぎ去った過去のこと、未だ来ぬ未来のこと。考えればキリがないし、そのほとんどは考えたところで解決しようがない。

本当にこんなにもよく考え事があるものだとビックリするけれど、これは今に始まったことではなく、今までずっとこうして過ごしてきたということだろうか。今は、物理的な静けさがあるからそれに気付きやすいということだろうか。この絶え間ないおしゃべりは止めることができるのだろうか。

コーチングセッションの際は、自分の中で明確な決めと、準備がある。時間があれば、家の掃除に始まり、物理的な空間の余白を増やし、清め、そして自分自身も整えていく。そんな風に迎えた時間は、とても深い実感を持ってクライアントの思考や人生を共に感じることになるのだけれど、終わった後にはその内容や感覚はほとんど忘れている。セッション中に取ったメモを見れば思い出せるのだが、それがなければ数時間前に話したことでも、まるでなかったことのように消えているのだ。味わい切り、その場で感じたことは伝えきるからこそ、後から何かを考えることがないと言えるかもしれない。恐れや自己満足のために言うこと・言わなかったことがないセッションほど、キレイさっぱり忘れていくのだ。

そういう意味では頭に残っていることというのは、やはり何か正直に伝えなかったことや聞かなかったことがあるのだろう。セッションではそういったことは多くはないが、ことメールのやりとりや協働が始まる前のプロジェクトではそんなこともしばしば起こる。

言葉で交わされていることは、ものごとのほんの表象に過ぎない。それを、「コーチ」ではない立場でどこまで迫るかというのはまだ自分のスタンスを決めきれていないところだ。相手が今は明らかにしたくないこともあるだろう。実際に見知った関係であれば尚更だ。

とは言え、どんなに人の考えや気持ちに考えを巡らせても、何かが返ってくるわけではない。自分の気持ちや考えの責任を取るのは自分自身なのだと、半ばドライな考えを持ち、自分に起こることに責任を持ち続けることが私にできることなのだろう。2020.3.4 Wed 16:51 Den Haag

579. 時代の香り

庭には、一羽の鳩が降り立ち、カクカクと首を前後に動かしながら庭の端を動き回っている。あの首の動きは何か必然や必要があってのことなのだろうか。そういえば、カモメをはじめ、他の鳥があんな風に地面を歩きまわるのかどうかというのは注意して見たことがない。

今日の午後も、散歩がてら近くのオーガニックスーパーに向かった。秋の終わり、落ち葉でいっぱいになっていた住宅地の中の歩道は、すっかり見通しが良くなっている。春を感じる花も咲いていただろうか。

昨晩、リビングに置いてある万葉集に載っている歌とその英訳、写真が掲載された本をめくった。本の中では後半のあたりに冬から春にかけての歌がある。その中には梅を詠った歌が多くあるが、不思議と桜を詠ったものは見当たらない。調べてみると実際の万葉集には桜を詠った歌もあるものの、その数は他の花や植物に比べると極めて少ないことが分かった。

これは、万葉集が編纂された時代にはまだ日本に桜の木が少なかったためだろうか。それとも「梅」という二文字の方が「梅の花」のように歌に詠みやすかったためだろうか。それとも、新しい季節を待つ人々にとって春の訪れを知らせる梅を、詠みたくなる気持ちが強かったということだろうか。

梅は桜のような分かりやすい華やかさは少ないが、寒さの中で蕾をほころばせる強さのようなものがある。一方で桜は、美しい花がはらはらと散る、切なさのようなものがある。

オランダの中庭に咲く梨の白い花が散る様子も美しいが、四季があり、季節ごとに巡る花々があり、それを様々な形で捉え表現する情緒がある日本という国に生まれて本当に良かったなと思ったりもする。

スーパーでは、以前、ネズミの対処法を相談したスタッフがいて、「こんにちは」と声をかけてくれた。

最近どう?と聞いてくれるので、私は元気だが今日本は大変なことになっているようだというと、そうだよね、知り合いの日本人もマルタに来ていたが戻れなくなったらしいと話してくれた。私はオランダの静かな暮らしが好きだというと、彼は東京で見た祭りは素晴らしかったと目を輝かせた。どの祭りかと聞くと、浅草の祭りだと言う。浅草は確かに、日本人の私が言ってもワクワクするというか、「古き良き日本らしさ」のようなものを感じる。人の多さが、喧騒ではなく活気になっている感覚というのだろうか。日本を離れる前、東京で最後に足を運んだのも浅草だった。一人で浅草名物の天丼を食べ、小さな劇場でお笑いのライブを見た。一人で足を運ぶほどお笑い好きなわけでもなかったが、劇場の前で呼び込みをしている芸人さんの声に背中を押され、足を踏み入れたその場所は、「昭和」の匂いがするような、素朴で寂しくて、人間らしい場所だった。

そう言えば私が生まれたのはもう、二時代前ということになるのだろうか。

平成と呼ばれた時代は不況と呼ばれた時代と重なるところも多いけれど、それしか知らない私にとっては十分に、人が忙しく、近代的な生活を強めていった時代だったのではないかと感じる。社会的な不均衡はまだまだあるけれど、日本においてはだいぶ、本当に「なくては困るもの」はほとんどなくなっていると言ってもいいのではないか。むしろ、便利になることによって相対的に感じる不便さのようなものの方が増えているようにも思う。

もう人々は自由に生きられるようになっている。人を縛るものがあるとすればそれは自分自身の心だろう。

これ以上、潜在的な需要を掘り起こす必要があるだろうか。これ以上、消費する必要があるだろうか。

気づいた人から、自分の道を歩き始める。そんな時代が来ているのではないかと思う。2020.3.4 Wed 17:17 Den Haag