574. 時空のはざまで

日付の感覚がどうもおかしいのは、2月が29日まであったからだろうか。
とは言え、今は日々そんなに日付を意識して過ごしているのではないのだが。
2月は28日までであるというリズムが、身体に刻み込まれているのだろうか。

今私に、日付と時間が間違いないということを教えてくれるのは、打ち合わせやセッションの際に、相手と間違いなく話ができるという現象だけだ。

自然の世界は毎日揺れ動き、目の前に広がる景色が「昨日と同じ時刻に見ているものだ」と教えてくれているとは信じがたい。カレンダーと時計を手放して、自然の中でただただ日々を過ごしてみる。すぐでなくとも、そんな時間を過ごしてみたいものだ。

今は庭の木を眺められないほどに眩しく太陽の光が差している。
しかし、ここのところ天候が随分と変わりやすい。晴れていたかと思えば雨が降り、雨が降ったかと思えばまた晴れてくる。そんな毎日が続いているから、今日もきっと空は忙しいだろう。
できれば日が差しているうちに散歩に出かけたい。

ここ数日は、自分に対する癒しと向き合っている。いや、向き合っているとはまだ言い切れない。向き合おうとしている。その入り口にいる。

内なるものと外にあるもの。そこに境目はなくて、全ては現象として立ち上がる。

今起こっていることはまだ上手く言葉にできないけれど、後になってそれが何だったのかが分かるだろう。

今のところ、世界を騒がせているコロナウィルスは実際の日々の暮らしには直接的に影響はない。近所の商店街もいつもと変わらず。日曜日はもともと人も少なくて静かだ。日本でいう「街に人がいない」は、我が家の近所では「通常通り」に近いだろう。

協働者やクライアントから伝え聞く話から、仕事に影響が出ている人たちの不安も想像するが、今の自分にできることは日々祈ることだと思っている。いつもと変わらず、静かに暮らし、祈る。

鳴り出した教会の鐘も、祈りの音に聞こえてくる。2020.3.1 9:45 Den Haag

575. 異世界の扉を開くスーフィーの音

そう言えば数日前にチャイムを購入した。ザフィアチャイムと呼ばれるもので、少し前にコーチ仲間が演奏をしてくれたものだ。

チャイムの音に身を委ねると、体の中の水分がゆらゆらと揺られ組織が再構成されるような感じがした。芋虫が蝶々になるとき、さなぎの中で一度体がどろどろに溶けていると聞くが、そんな感じで自分の体と意識が溶けるような、そんな体験だった。

生の音はきっともっとパワフルだろうし、チャイムを奏でるということを私もやってみたいと思った。
中でも不思議な音色を奏でるチャイムがあり、それはスーフィーという名前であり、異世界の扉を開く音だと教えてもらった。

さらに調べてみると「スーフィズム」というのはイスラム神秘主義の哲学のことであり、神との一体感を求めて修行をする人たちはスーフィーと呼ばれ、スフィーダンスという裾の広がる衣装を着てくるくると回る旋回舞踏もあることが分かる。スーフィーダンスは自我を手放し、意識の拡大を起こすことが目的だともいう。そんな意味を知らずに手にしたが、世界に自分を開いていくことは、今の自分のテーマなのかもしれない。

ウィンドウチャイムというと、複数の金属の円筒が円状に配置され真ん中に金属を打つ重しのようなものがあるものをイメージし、ザフィアチャイムもそのようなものだと思っていたが、実際に手にしてみると音が鳴る金属は円筒ではなく、細い棒状になっていた。それが円状に8つ配置され、真ん中には円盤型のガラスがぶらさがっており、さらに全体は筒状のカバーに囲まれている。側面には、「sufi」の名前と、「F A D F A G A D」という文字の印刷された紙がついている。金属の棒は全て長さが違うので、例えばA(ラ)の音は3種類、オクターブずつ違う音が入っているということだろうか。この「不思議な」音の感じは、これらの音の組み合わせのどの部分から感じられるものなのだろう。

ザフィアチャイムを販売しているサイトで、5種類のチャイムの音を聞き分けてみると、「トワイライト」というチャイムと「クリスタロイド」というチャイムは比較的澄んだというか、明るくスーっとした印象の音がする。これはそれぞれが、EGBCEGBC、GABDAGBDという、4種類の音の繰り返しで組成されているということに関係しているだろう。G#BC#EG#EAC#の音を持つ「サンレイ」というチャイムもやはり明るく透き通った印象を受ける。一方で、DFABCEA#Cの音を持つ「ブルームーン」はどこか寂しげだ。(私はこのチャイムを演奏してもらったときに源氏物語のような、月明かりの下で会えない相手を思う男女のイメージが湧いた)

スーフィーは、ブルームーンのような感傷的なイメージは浮かばないが、とにかく「不思議」な感じがするのだ。異世界のような、知っている世界のような…。

せっかくなので録音してサイトにもアップしたいと思い試してみるものの、録音されたものと生で聴く音色は随分と違うことに驚く。きっと、デジタル情報に変換されるときに抜け落ちてしまう振動があるのだろう。

また、どこからか教会の鐘の音が聞こえてきた。もしかしたらこの音は、長い歴史の中でずっと街全体を癒してきたのかもしれない。

庭の梨の木の枝についた蕾は、いよいよほどけはじめそうだ。2020.3.1 Sun 10:20 Den Haag