572. エサレンボディワークからの学び

小さな書斎の小さな机の前に座ると雨の音が聞こえ始めることがよくある。今もそうだ。それは心が静かになり始めた合図なのだろう。天候に関わらず決まった時間に出かけないといけないという制約がないと雨の音も心地いい。

庭の、大きな木の隣の小ぶりの木の枝の先に水筒のようなものが引っ掛けてある。鳥の餌のようだ。そういえばヤンさんが鳥の餌を庭に置く様子を何度か見たことがある。あれは春だったのだろうか。我が家に限らず、オランダでは庭や塀に鳥の餌もしくは餌箱が置かれている様子を見る。鳥の声を聞き、鳥の餌を用意する。ちょっとしたことだけれども、暮らしの中にある余白のようなものが美しいと感じる。

昨日はエサレン研究所でボディワークを学び、それをもとに日本でセラピー(マッサージ)を提供している女性の開催するオンラインの勉強会に参加をした。本来はセラピストを目指している人もしくは実践している人が参加をする会のようだが、身体からのアプローチに興味が湧いていることと、他の専門領域の考え方が自分の専門領域にも応用できるのではないかという期待から参加をすることにした。

勉強会の中ではエサレンボディワークの特徴でもあるロングストロークと呼ばれる技法の解説が行われたが、特に印象的だったことを二つ書き留めておく。

一つ目は、「手が自然に動く方に進んでいく」ということ。ロングストロークでは、一般的なセラピーで行われているように手もしくは腕で圧をかけていくのではなく、施術者が自分の身体の重みをつかって受け手に寄りかかっていく。そして、うまく力がバランスしているときは、自然と手が動いていくのだという。これはとても荒い説明ではあるが「意図して動かすのではなく、自然と動いていく」というのは、私が持っているマッサージのイメージを覆すものであり、対話におきかえることもできると感じた。

二つ目は、「力で緊張を解くことはできない」ということ。これは他の参加者の「緊張や凝りを感じるところではどうしたらいいか」という質問に対する答えの中で出てきた話だ。「ここをほぐそうと力を入れるのではなく、よりゆっくり、柔らかく触れる。手を止めてみる」というのが講師の回答だった。

コーチングのセッションでも「あ、ここには何かあるな」という感覚があることがある。それはクライアントの頑なさや制限があるところであり、想いや願いがあるところでもある。意識と現実に起こっていることがリンクしているのだとピンと来て、思わずそこをゴリゴリと扱いたくなるのだが、先ほどの話と同じで、そうすると余計に硬さがしまうことの方が多い。ゆっくり、柔らかく、ときにはとまって。

緊張に緊張で返さない。どうにかしてやろうなんて思わない。それは私にとって格言にもなるかもしれない。

法人のプロジェクトで、コーチングの実施機関が決まっている場合、「その間どんな変化があったか」ということがクライアントの取り組みに対する評価の対象となることも多い。(同時にコーチへの評価にもなっているはずだ)「今こんな視点を味わっています」ということは残念ながら大事な取り組みとはみなされないようにも思う。(これは私の知りうる限りであって、大きくはこの風潮が変化しつつあることを願っている)

全身で感じながら、ゆっくりと。対話の可能性をまだまだ感じるし、人の身体にもさらに興味が湧いてきている。2020.2.27 8:51 Den Haag