570. 身体と音楽と踊りと

強い風が吹き抜ける。遠くで鳴るサイレンの音が聞こえてくる。
嵐と言ってもいい雨風の中、庭の木の枝につく蕾はまたエネルギーを蓄えている。
こんな強風の中でも澄んだ鳥の声が聞こえてくる。

ハーグでは今、フィギアスケートのチャンピオンカップという大会が開かれている。昨日もその観戦に出かけ、今日も悪天候ではあるが、やはりこのあと会場に向かいたいと思っている。

昨日、選手たちの演技、そして会場の雰囲気を見ながら感じたことは数え切れない。今日は全てを言葉にし、深く掘り下げる時間がないかもしれないが、それでも、書きなぐるようにでも、残っている感覚を置いておきたい。

昨日は女子シニアのショートプログラムの観戦から始まった。「始まった」と言っても、実際のところ、ショートプログラムの開始時刻に合わせて会場に向かったのだが。ショートプログラムは2分40秒の中で、規定の技が課せられている。そのため、プログラムの構成としては各選手似通ったところがあるということに、数人が滑り終えてから気づいた。しかし、演技の印象は選手によって驚くほど違う。それは私が、演技の内容や技術的なことではなく、「その背景にある物語」を味わうという楽しみ方をしているからかもしれない。

プログラムが始まるとまずその音楽の世界に引き込まれる。使われている音楽にはクラシックもあれば、現代的な曲もあるし、聞いたことがあるものもあればそうでないものもある。それぞれの、音楽そのものとしての雰囲気はもちろんのこと、ときにはそれを作ったであろう作曲家の想いや人生が流れ込んでくる。それは私の想像に過ぎないのだが、「想像する」というよりは「流れ込んでくる」という感覚が私にはしっくりくる。さらにそこから、その曲を選んだ選手の想い、これまで練習を積み重ねてきた時間、そして時にはその選手の母国もしくは祖国の歴史や現在そこで生きる人々の人生までもが流れ込んでくる。途中でジャンプに失敗があったとしても、それがまたその後の音楽の盛り上がりと重なって、むしろ「立ち上がる」ことを表現する勇気の物語にさえ見えてくる。3分弱という時間だが、壮大な映画を見たような、そんな感覚にさえなってくるのだ。

中でも、音楽の持つ物語と選手の物語、そして選手の動き、さらに自分の物語がそこに重なったとき、自分自身が踊りと一体になる感覚がある。そんなときは会場全体の拍手もだんだんと大きくなっていく。最後に読み上げられる得点も高い。

そんな様子を感じながら、これまでいかに自分がフィギアスケートを頭で見ていたのかということを思い知った。テレビで中継されるものを見ていると、ひっきりなしに解説が入る。それを聞き「この選手は難しいジャンプができてすごい」などと思うのだが、本当は解説など聞かなくてもそのスケートがどんなものかを、人は感じることができるのだ。仮にトリプルアクセルかトリプルフリップかの見分けがつかないとしても、じっと見ていればその選手が難易度の高いジャンプを飛んでいるかも感覚で掴むことができるし、それ以上に、音楽との一体感や動きの柔らかさ、会場全体にどのような影響を与えているかを感じることができる。

帰ってきて、最近の日本のフィギアスケートの実況はどうなっているのだろうかとYouTubeで検索をしてみたら、なんと、ジャンプの回転だけでなく、飛距離やスピードまでもが数値として表示されるようになっていて驚いた。それを計ること、知ることにどれだけの意味があるだろうか。選手の力量を計る一つの指標と言えるかもしれないが、選手はその細かい数字をあげるために日々の鍛錬を積み重ねているわけではないだろう。少なくとも、デジタルに数値化されたものを知り比較することが、見る人の人生を豊かにするとは思えない。一方で全身全霊でリンクを滑る選手の存在そのものを感じることは、見る人の魂に何らかの刺激を与えるのではないかと思う。

プログラム全体の世界観を存分に味わうところから、だんだんと選手一人一人の個性を感じることに感覚が移っていく中で次に気づいたのは、選手によって、身体と音楽の関係性に違いがあるということだ。大きくは、身体が大きく筋肉質なゲルマン系のような選手と、小柄で細身のアジア系にも近い選手では、前者は音楽と戦ったり、音楽を切り裂いたりしていくような雰囲気、後者は音とともに織られていくような雰囲気の違いを感じた。これは、それぞれの選手の雰囲気に合わせた音楽や表現を選択した結果とも言えるかもしれないが、それにしても、そういったことを超えた違いを感じたのだ。抽象的に言うと、自然観とか人間観の違いと言ってもいいのではないかと思う。中でも、結果として上位になった選手はまさに音楽との一体感があった。

ただ、不思議なことに男子では少し様子が違い(女子のショートプログラムの後に男子のフリースケーティングがあったのだが)、オランダやドイツ、ノルウェーと言ったベースの体系が大きめの国の選手も、身長は大きいものの比較的細身で、かつ動きは驚くほどしなやかだった。フリースケーティングとなると演技時間は4分(こう書くと短いようだが、見ているととても長い)、その時間、踊り、ジャンプを続けるには筋肉質な身体というのはむしろ不利に働くのかもしれない。特に大柄の選手たちは、氷の上では、男性は女性性が発揮されしなやかに、女性は男性性が発揮され猛々しくなっているように見えたのが興味深い。

こうやって書いていると本当にキリがない。まだまだ書きたいことはあるが、30分後の出発に向けて支度を始めることにする。2020.2.23 Sun 9:44 Den Haag