546. 月を見上げ食を省みる

見上げると、南の空高くに猫の目の様な明かりが浮いている。その周りをまあるい光の傘が囲んでいたかと思ったら、にわかに雲が晴れ、月の輪郭がはっきりと浮かび上がった。

今日も日が沈み、月が昇った。

今日は食べたものにダイレクトに影響を受けたと感じた一日だった。昼過ぎまで飲み物のみで過ごしていたが、その後普通のスーパーで買ったココナッツの焼き菓子のようなものを食べたところ、あっという間に胃がもたれ、眠気が襲ってきた。13時から14時にかけては生体のリズムの中で自然と(食べていなくても)眠気がやってくるというが、それにしては眠気というか身体が一気にだるくなる。やはり、日中摂る固形物は、フルーツを少しずつというのが良さそうだ。

そんな反省もあっという間に忘れ、昼寝の後に向かったスーパーでは鶏肉を購入した。普段なら手羽で出汁を取ってスープにするところだが、今日は無性に鳥の唐揚げが食べたくなり、以前日本で購入した唐揚げの粉があることを思い出し、鶏モモを買うことにした。そして早速、少ない量の油で揚げるというよりは焼いて鶏肉を食べた。当然のことながらあっという間に眠気がやってくる。しかも、唐揚げ粉と呼ばれるものには味付けのために様々な化学調味料が入っているだろう。「病は気から」ということもあるが、人工的なものが入っていると思うほどに、胃はもたれ、こめかみに軽い締め付けを感じるようになってきた。

一人では無理なく、心地よく、楽しく食事を摂るというのはいまだに難しい。どうしても食事が「作業」に近いものになってしまうし、突然、衝動的とまでは言わないまでも、後で考えると「やめときゃよかった」という内容の選択をしてしまう。これは自分自身のセンサーの問題だろうか。コントロールできるものを増やしつつ、そうではないものについては何かあっても現実を現実として受け止め、それ以上に悩まず、他の部分でできることをしていくというのがいいだろう。

そんなことを考えながらもう一度書斎の窓から空を見上げると、空全体に広がっていた雲がすっかり晴れ、いくつかの星が輝いて見える。南の空、低い位置にはチカチカと瞬いて見える星があるが、あまりにもあからさまにまたたいているのであれは飛行機かもしれない。それにしては場所がほとんど変わらない。遠くに広がる雲とその流れがあのまたたきをつくり出しているのだろうか。南南西の空には斜めに傾いた台形の頂点を示すような4つの星、そしてその真ん中あたりに、斜めに3つ並ぶ星が見える。

 

月の明かりは先ほどよりも強くなった。

自分が、食べたものとそれによって起こったことに頭を悩ませていたことがばかばかしくなってくる。日が沈み、夜がやってきた。ただそれだけのことだ。

相変わらずハーグの街に雪は降らず、一番暖かいニットやコートを重ねて着込まなくても外に出られる日が続いている。

昨日見た『天気の子』の映画で流れていた音楽は、もう歌詞についての記憶は薄らぎ、メロディーだけが残っている。やはり人間に残るのは、言語的な感覚ではないのだろう。

数日前の日記を確認し、アップし、このあとはできるだけ暗闇の中で静かに過ごしたい。2020.2.4 Tue 20:58 Den Haag