540. 自然な暮らし

中庭のガーデンハウスの上に丸まった猫が首を伸ばし、キョロキョロと周囲を見た。私が動く音を感じたのかもしれない。そして、一瞬パソコンの方に視線を向けた間に姿を消した。

ここのところずっとあたたかい日が続いている。数日前に夜中、バタバタという音とともにヒョウが降ったことがあったが日中にはまだヒョウや雪を見かけない。今年はオランダはとてもあたたかいのだと言う。何の影響かは分からないが「温暖化」という言葉が頭をよぎる。

私にとって環境問題というのはオランダに来るまではなんだかとても距離のあるテーマだった。それが気づけば、とても身近なものになっている。何か特に意識をしているわけではない。しかし、オーガニックスーパーの、自分に必要な分の野菜の重さを測って自分でバーコードを貼る形式は家でほとんどゴミが出なくて、それが心地いいと感じる。エコバックを持参するのは他のスーパーでも一般的だし、特に薬局に売られているものを見ると、日本で売られている商品がいかに売り文句の入った包装をされているかが分かる。

少し前にシャンプーの種類を変えたところ、バスルームの排水溝に髪の毛が詰まりやすくなった。髪の毛に油分を含んでいる汚れが絡んでいるためだろう。以前使っていたものも今使っているものもオーガニック系のシャンプーなのだが、汚れの落ち具合の違いに驚いている。そして、本当にこんなに汚れを落とす必要があるのだろうかという疑問も湧いてくる。身体が清潔であるに越したことはないのだが、そもそもそんなに日々汚れるものなのだろうか。特に私は日中のほとんどを家の中で過ごす。人の多い場所に出ることも少ないし、よく行くオーガニックスーパーまでの道のりの大半は車通りのある通りではなく、静かな住宅街の中だ。それでも生きているのだから日々一定の細胞が入れ替わるのだろうと思うけれど、それにしても、と思うのだ。

水が顔にかかるのが苦手なこともあって顔を洗うには石鹸さえ使っていない。化粧をせず、朝にアルガンオイルを塗るだけなのだが、それでも特に肌が荒れたりすることはない。もし洗浄力の高い洗顔料を使えばその分、油分などが奪われ、保湿などのケアが必要になるだろう。そう思うと、シャンプーも、実際のところどのくらいの頻度で必要なのだろうかと思うし、先日、「シャンプーを買い換えるということはその都度プラスチックゴミを出すことになる」という記事を読んで、なるほど確かにと思った。ハンドソープやボディソープなどもポンプ式の容器に入っていると使いやすいが、その分、買い換える度にゴミが出ることになる。そういう意味で、石鹸というのは「エコ」と言えるのかもしれない。

自分の暮らしがどのくらい環境に影響を与えているかという実感はまだないが、自分自身が自然の中からやってきて自然の中に還っていくように、暮らしの中にともにあるものは自然に還っていけるものがいいのではという気がしている。2020.2.1 Sat 12:16 Den Haag

541. 生きる力を発揮するということ

自然やものとの関わりを考える中で、いつも利用しているオーガニックスーパーに置かれている商品の中にアントロポゾフィー医療の医薬品を扱う企業がつくっているバイオダイナミクス農法で育てられた植物を使ってつくられたものがあることを知った。ルドルフ・シュタイナーと、オランダ人医師でありアントロボゾフィー医学の確立に携わったイタ・ヴェーグマン、ドイツ人化学者のオスカー・シュミーデルによって創設されたという。WELEDAという商品ロゴをこれまで日本でも見かけたことはあったが、日本では比較的高価なスキンケア用品を「良い成分が入っているのだろう」くらいにしか思っていなかった。

日本ではオーガニックコスメと言えば、ブランドもしくはトレンドの一つと見なされている感があり、その根底にある思想や取り組みまで意識が向けられることは少ないように思う。(少なくとも私自身は、「肌にいい」くらいにしか思ってこなかった)もちろん、商品としての効能のようなものも使用していくにあたって大事だが、自分がどんな取り組みの一員になるかということは「個」としての状態を整えることに集中してきた次の段階として考えていきたいと思うようになった。

「物理的な環境や関係性の後押しがあれば、人は本来持っている力を自然に発揮していけるようになる」というのは、昨日お会いしたオランダでアントロポゾフィー医療に携わる精神科医の方との話からも確信を深めたことだ。環境の一部として、医療制度の違いなどが医療者と患者と呼ばれる人の関係性に与える影響というのもとても興味深く、これは簡単にでも別の形でまとめたいと思っている。

私が普段ご一緒するのは病気と呼ばれるものになっている人たちではないが、「本来持っている力を発揮する」というのは共通するテーマだろう。そもそも、病気は、それを病気とみなす人の意識があってこそ生まれるのだ。オランダの人は病院で自分が「病気の人」だとみなされることを嫌うという話もとても興味深かった。社会制度というのはそう簡単には変えていけないのかもしれないが、一人一人が「生きる力を持っているのだ」という意識を発揮していくことに、少しでも携わることができればと思う。

書斎の中にまぶしいほどの日差しが差してきた。パソコンを閉じ、そこにある自然と自分を味わう時間を過ごすことにしよう。2020.2.1 Sat 12:40 Den Haag