530. ハワイで婚活をする夢と空気について

今朝はハワイで婚活をする夢を見た。その理由は簡単で、なんてことない、昨晩寝る前にハワイで婚活をし、結婚した人のブログをネットで読んでいたからだ。現在、土日の朝の限られた時間にのみ提供している日本時間の早朝にあたる時間のセッションをもう少し幅広く提供しようかと思い、早朝にセッションをしているコーチを探していたところ、とあるコーチのセッションの体験談からハワイの婚活をした人の話に行き着いたのだった。

ハワイ在住の男性との結婚を目的に婚活をしている日本人女性は、40代や50代以降の人も多いのだという。「なぜハワイか」という理由は人それぞれだし「結婚」という形に対する意見もいろいろと(私としては)あるが、年齢に関係になく、自分が希望すれば堂々とパートナーを探すことができるという空気感はいいなと思う。日本にいると、特に女性は20代後半から30代前半は結婚に向かうべしという無言(他者から・自分から)の圧力がある一方で、40代、50代以降は恋愛や結婚、新しいパートナーを探すことにポジティブであるということが表明しづらい空気があるように思う。

 

「空気」「空気感」とは何なんだろう。何のためにあるのだろう。もしそれがなくなったら日本は空中分解してしまうのだろうか。

先日、友人の日記の中で触れられていた「同調現象」という言葉から、鍼灸師が心穏やかにα波を出している状態で、かつ患者がその鍼灸師のことを信頼していると、患者に共鳴現象が起き、患者の脳波もα波になり、その結果体に良い状態が現れるという現象があるという話を思い出した。ヒーラーによるヒーリングでも同じことが起こっているという。

「空気」は、社会の持つ、慣習や文化ということもできるだろうし、あえて計測可能な指標を当てはまめると「脳波」ということもできるのではないかと思う。

街が起き出す雰囲気というのは、どことなく分かる。(あまり早起きではないが)暗闇にゆっくりと光が含まれていく過程で、動物や植物が起き出していくエネルギーのようなものも立ち上がっていく。感覚として認識できる音の量は変わらなくても、「起き出してくる」ような感じがするのは、この街に生きる人々の脳波が作り出す大きな波の様子が変わっていくからだろう。

 

今の家が好きなのは、おそらく50年以上、もしかしたら100年近くに渡って、この家を手入れして使ってきた人たちの家との向き合い方のようなものがつくり出す空気が心地いいというのもあるだろう。我が家のリビングと寝室の天井には大げさに言えば宮殿の天井にあるようなレリーフが施されている。そしてその上のペンキは、何度も塗り直されてきたはずだ。(私が長期で不在にしている間にも天井の補修が行われていたことがあった。もちろんオーナーさんが私に許可を取って行ったことだが、それでも日本ではなかなかないことだろう。そのときには「なぜわざわざ」と思ったが、どうにもこうにも手がつけられなくなる前に補修をしていくことで、暮らしの場が引き継がれてきたのだと後になって実感した。)

最近はレンガの壁を白く塗装する家もよく見かける。白い塗装は流行りなのだろうか。白く塗ったら汚れが目立って手入れが大変なのではないだろうか。などと考えながら、「きっと、こうして手入れが続けられてきたから、この街はこの姿であり続けているのだろう」とも思う。1ヶ月に1回は業者が大通りに面した窓に水をかけ、掃除をして回る。(おそらく町内会費のようなもので共同で支払われているのではないかと思う。)

ハーグ中でも、比較的歴史の深いエリアに住んでいると当たり前で気づかなかったが、「手入れされている街」と「そうでない街」の違いを気づけば感じるようになった。比較的新しい街は、新しさはあるが、どこかカラッとしない感じがすることがある。それはきっと手入れされているかどうかから来るものと、同時にその土地が本来持っている力というのもあるのではないかと思っている。

 

建築技術や科学技術が発展する以前から人間が暮らしてきた場所というのはそこに暮らすだけの何か、そこに居を置く必要性とともに、生き物としての心地よさのようなものがあったのだと思う。それに反して半ば無理やりにつくられた街は、どこか不自然さを感じるのだ。

 

人の脳の状態、そして土地の持つ力。人々が日々口にしている言葉。

それらが合わさって「空気」をつくりだしているのだろう。

ハワイにも、軽やかな空気が流れているのだろうか。あたたかいところもいいが、今はどちらかというと北欧などのしっかりと寒さがやってくるところにも身を置いてみたい。(寒いだけでは困るのでサウナは必須だが。)2020.1.25 Sat 18:28 Den Haag