517. 季節の味わいと喜び

数日前に書いた日記を読み直し、サイトにアップをした。珍しく「できるだけ早くやること」に取り組んでいるため、ここのところ日記を書く量が減っているが、それでもこの時間は私にとって大切な時間だ。あれこれとたくさんのことに追われていると、こういう時間は後回しになってしまう。「重要度は高いが緊急度が低いもの」とはまさにこういう時間のことを言うのだろうけれど、日記を書くことはもう私にとっては「重要だから」という理由さえ存在していない。ゆっくりと深呼吸をするように、もしくは両腕を伸ばして背中を反らせ、伸びをするように。心身を、「在る」状態にするために欠かせないことだ。

一方で今取り組んでいる「できるだけ早くやること」も、何だかとても心地いい。それは、心の中から湧いてくる想いに正直に動いているからだろう。もっと深く聴きたい。言葉としてこの世に生まれ落ちた想いを届けていきたい。それは誰かに頼まれたことでも、何かのためでもない。ただ、やりたくてやっていることだ。こんな風に新しい一年を始められたことを、とても幸せだと感じている。心のままに、風の吹くままに。そんな風に今年も在りたい。

先ほど、散歩がてらスーパーまで行ったときに降っていた雨は止んだようだ。昨年の秋から今年にかけて、雨がとても多いように感じるが、それはオランダにやってきた一年目である一昨年、雨が少なかったからそうかんじるのかもしれない。それでも昨年はこの時期、雨ではなく雪が降っていたようにも思う。さらさらと降る雨は、小さな世界に静けさとあたたかさを届けてくれる。

気が早いが、春が来たら、きっととても嬉しいだろう。でもそれは、長い冬を過ごすからこそだ。ヨーロッパの夏は快適で、それは日本から来ても明らかに感じることだとは思うけれど、それでも、ヨーロッパで一年を過ごしたからこそ感じる「夏の喜び」というのがあるのだと思う。ハーグの街の人々が晴れた日にこぞって自転車で海に出かける、その心の感覚は、雨の多い時期を過ごしてこそ生まれるものだ。「季節ごとに快適な場所に拠点を移して暮らしたい」と思っていたが、実際にそうしたら毎日がとてもつまらないものになってしまうかもしれない。(それはそれで何らかの楽しみを見つけるのだろうけれど)色々なところに足を運びつつ、どこか特定の場所で季節の変化を味わうような、そんな時間を過ごしていってみたいと思っている自分に気づくとき、「感覚は変わるのだな」ということにも気づく。例えて言うなら、おでんの大根の美味しさが分かるようになったような感じだろうか。「なんだか地味だな」「何か目立った特徴もないな」と思っていたものが、味わい深く、美しく思えてきている。

小さな書斎でひとり静かに日記をしたため、窓から差し込む日が、明るくなってきていることを感じる。こんな種類の幸せがあったのか。

夜が明けないと思ったかつての自分、そしてもしかしたらまたそんな風に思うこともあるかもしれない未来の自分に「大丈夫だよ」と伝えたい。2020.1.10 11:57 Den Haag