481. 朝、スキポールに向かう

書斎に置いていたパソコンを取りに行ったら、書斎の窓に雨粒の跡があった。いつのまにか雨が降ったらしい。昼間の散歩の間、いいお天気が続いてくれて良かったと、闇の向こうを見つめながら思った。

今日は、いつもより随分早く一日が始まった。そして、随分早くと思っていた時間は、もう人々と街が起き出している時間だということが分かった。

7時すぎ、最寄りの停留所にやってきたトラムはすでに立っている人がたくさんいるほど人が乗っていた。確かに昨晩、スキポール空港までの交通機関を調べたときに「この時間のトラムは混み合っている」という表示が出ていた。と言っても、日本の、特に東京の満員電車とは比べものにならない。隣の人とぶつかることもないし、手にしたKindleを読むのに周囲に気を遣わなくてもいいくらいの距離感を保つことができる。

ハーグの中央駅に着き、長距離電車のホームに向かう。乗る予定のスキポール空港を通る電車はすでにホームに到着している。電車の行き先は、前半分の車両はオランダ北部の都市、フローニンゲン、そして後ろ半分はフローニンゲンよりも南側、アムステルダムから東北東の位置にあたるズヴォレという街だ。ズヴォレまで行く数車両は席が埋まりつつあったが、フローニンゲンまで行く数車両はホームに到着して間もないのか、まだ座席にはちらほら人が座っている程度だった。

サイレント車両の、進行方向に向く席に座ると、ほどなくして車両内に人が増えてきて、隣にはアジア系の女性が座った。Kindleで昨晩購入した書籍を読み進めていると、発車を知らせる合図の音がなり、車両が前に進み始めた。

途中までは書籍を読み進めていたが、ふと、「今の感覚をじっくり味わっておこう」と思った。永遠にも長く感じた2ヶ月半。途中、先が見えないように感じてもどかしい気持ちになったこともあった。自分ではどうすることもできないことを気に病む自分が嫌になったこともあった。それらは、自分が決めることができないことをコントロールしようとする気持ちから起こることだ。

−神よ、変えられないことを受け入れる心の平穏を与えて下さい。変えるべきものを変える勇気を与えてください。そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。

ニーバーの祈りと言われる言葉が身にしみたこの時間だった。

左手の窓の外を見ると、黒に近い青の上の方に、少し白が混ざり始めていた。右手の窓の外に目を移すと、地上に近い部分に緋が滲み始めていた。

人は、自分が見ている空がどちらの方角か分かっていないこともあるのかもしれない。東の空を見ていれば、明るさは早くやってくる。西の空を見ていれば、夜はなかなか明けずに気を揉むかもしれない。それでも、はたと振り返れば、背中を向けていた側にはもう夜明けがやってきていたのだということに気がつくだろう。どんなに頑張っても人が一度に見ることができるのは180度分。(実際はもっと狭いだろう。)自分が見ていることが物事の一部に過ぎないということに気づくことができたなら、世界の見え方、日々の心持ちはもっと違ったものになるに違いない。

そうだ、前にスキポール空港に行ったのは、パートナーを見送りに行ったときだった。あのときの未来だった時間に今立っている。どんなに先が見えないように見えるトンネルも、必ず出口がある。そんなことを、これまでも何度も繰り返してきたということ、それでもあゆみを続けることを諦めなかったから今があるのだということを思い出している。2019.12.12 Thu 20:14 Den Haag

482. いつもの街、あたらしい景色

朝のスキポール空港は、これまでの中ではとても人が少ない方だった。人が多いときは到着ゲートから出てくる人を待つ人たちの中に埋もれてしまいそうになることもあるが、今日はゲートの前には私以外の人はいない。ゲートから出てくる人も終始まばらだった。

久しぶりの再会は嬉しくも、あっけないものだった。それは今回のパートナーのオランダ滞在が1ヶ月ほどのもので、今日が「オランダでの暮らしの始まり」ではないことを知っているからかもしれない。しかし、何かの始まりには違いない。10年勤めた会社を辞め、オランダにやってくる。それだけで、本当に大きなことだ。

眼に映るもの、心に浮かぶものを、その場で言葉にして交わすこと。それができるだけで本当に嬉しいし、そんな毎日を積み重ねていったら、何かが形になっていくだろうと思う。

一人で住むには広すぎる家が、ちょうどいい具合になった。

今日は珍しく天気が良かったこともあり、家でお茶を飲んで、散歩に出かけた。街の中心部までの道のりを30分ほどのんびりと歩く。

家の近くから続く商店街が終わりに差し掛かった頃、これまで古着屋さんだったところに新しいお店が入っていた。白く塗られた壁に、木の棚。シンプルな空間にそっと並べてあるものたち。「素敵だな」と思って足を止め、ショーウィンドウを見ると「kikubari」と書いてある。「あ、日本のものを扱っているお店なんだ」と思ったら、ショーウィンドウの向こうにしゃがんで作業をしていた女性が顔を上げ微笑んだ。ほっそりとした輪郭、白い肌。店の奥にも、同じような雰囲気の男性がいる。扉を開けて中に入ると、レモンバームのような柑橘系の優しい香りがふわりとやってきた。

日本から来たこと、お店の雰囲気がとても素敵だと思ったことを伝えると、日本が好きだということ、1週間前に店を開いたばかりだということを教えてくれた。私がハーグに住んでいることを伝えると、「何をしているのか」と聞いてくる。「ビジネスコーチをしていて、以前は東京で働いていたけれど、人や音が多く落ち着かなかった。静かに暮らすこともできるし、オランダのライフスタイル自体が気に入っている」と言うと「わたしたちも似たような感覚だ」と話してくれた。女性は、以前はスイスのチューリッヒのカフェで働いていたという。

陶器のソーップディッシュや手作りのロウソク、ちりとり…。
店に置かれているものは、ひとつひとつ、何かの理由があって選ばれたことが伝わってくるような、「そっと、日常の端っこにある」ようなものたちだった。今思えば、「気配り」という言葉のニュアンスにぴったりだ。

彼らは以前、3週間日本に滞在し、鹿児島の桜島や別府も訪れたという。店の中に、日本のお茶に関する雑誌があったので「お茶のお店を開きたいと思っている」と言うと、「この通りに開いて!」と女性は声を弾ませた。

オランダは場所を借りるだけでお店が開けるし、場所を借りるのも「借りたい」と言うだけで簡単に借りることができたという話に、「でもそれは僕らがヨーロピアンだからだからもしれない」と男性が付け加えた。「僕らはオランダ語を話すことはできないけれどオランダ語を読むことはできるから、何かあればいつでも言ってね」と言ってくれる。

「いつか」だと思っていた、小さなお茶のお店を出す夢というか目標が、にわかに現実として近づいてきた感じがする。

またすぐに来るということを伝えて店を出た。

自分の心に正直に、外に出て動いて行けば、だんだんと道はつながっていくんだな。

散歩を続けながらそんなことを思った。

街までの道、いつも賑わっているコロッケやさん、たまに立ち寄る健康食品やさん、通るとひとしきりワンピースのラックを見ることにしている古着やさん、最近顔を覚えてもらったオリボーレンの屋台、すっかり顔なじみのケバブやさん、ヘビーユーズしているオーガニックスーパー。私にとっての日常の一つ一つが、いつもよりずっと輝いて見える。

世界はそんなにすぐには変わらないけれど世界の見え方は心持ちで随分変わるのだということを、世界は思ったよりずっと輝いているのだということを、閉じようとする一日を振り返ってしみじみと感じている。2019.12.12 Thu Den Haag