477. 新たな旅に出る友へ

訪ねてきてくれる人とともに過ごすための
少しの時間の余裕と
少しの心の余裕と
少しのスペースの余裕があればそれでいい

今この瞬間に
言葉になるものと言葉にならないものに耳を傾け
そこにある沈黙を一緒に味わう
そんな時間を過ごせること以上に嬉しいことはない

3年間のオランダでの生活を終え、オランダを去ろうとする友人と
どれだけ時間が経ったかも分からないくらい話を続け
それでもまだなお、話が尽きないということを感じながら
そんなことを思った。

そこにあった言葉のやりとりは

ただ優しく心地いいものではなく
悲観的でも被害者的でもなく

静かな想いの光を向ける先に
自分には何ができるのかということを
問い続けるような

その場で言葉と言葉の根っこが
ぐんぐんと手を広げていくような

創造活動とも言える協働作業とも言える
そんな時間だった。

人と交わす言葉は
日記のように、紙や画面の上に留まることはない。

しかし心の中に落ちた一滴のインクは
血液に乗って、見えない流れに乗って身体中をめぐり
日々の行いの中に染み込んでいくだろう。

心を交わす時間を過ごしたということを
どうやって表現できるだろう。

それはきっと、言葉を連ねることではない。

自分が変わっていくこと。

美しい夕日を見て、感動して、自分が変わっていくように
「その瞬間、確かにそこに一緒にいたのだ」ということは
そのあとに、自分自身が為すことによって、
伝えていくことができるのだと思う。

彼がオランダで過ごした時間
これまで過ごしてきた時間
そしてこれから過ごしていく時間

その全てが、「いまここにある」と感じた。

2019.12.8 Sun 17:32 Den Haag

 

478. 体験からこぼれおちる言葉たち

書斎で書き物をしていると、ふわっと日が陰った瞬間があった。
あ、こうやって夜はやってきているのだなと思った。

「そういえば、あの人はそろそろオランダを離れるはずだ」と思っていた友人から突然の連絡が来たのが2日前だった。

人と深く言葉を交わしたときというのは、それについてあえて言葉にしたくないということが多い。
今は言葉にしないでおこうという感覚かもしれない。
言葉という小さなブロックで文節してしまうことが何かとても窮屈で、
そこにあった時間に既知の意味を与えてしまうことが何かとても安っぽいことに思えてしまう。
もっと言葉と心を耕したなら、この感覚は変わっていくのだろうか。

そこにあった体験を無文節・未文節のままに味わって、いつか自然にこぼれ落ちる言葉を掬い上げたいと今は思う。

今あえて言葉にしておきたい感覚があるとすると「わたし」と「あなた」の境目がなくなる感覚だ。

思い返せば、話をしている時間の中で、お互いの意識がゆるやかに形を変え、育っていったように思う。たとえばそのとき話したことを書き起こしたとして、それを「どっちが言ったか」というのがもはや関係ないと思えるというような感じ。それは単に「あなたの言うことに共感します」とか「そういう考え方もあるんですね」ということではない。言葉を発する主体と、その言葉を向ける先、どちらにも「わたし」と「あなた」がいるような感じ。そこに「わたし」の正しさはない。その瞬間の言葉の輪郭は細い三日月のように凛と引かれるけれど、それはしなやかに、ゆっくりと揺らぎ、ときにダイナミックな流れをつくりだす。その揺らぎが重なり合い、また新たな波長の波をつくりだす。

それは私が、携わっていきたい対話の形でもある。

オランダか日本の静かな田舎の、小さな庵のような場所で、そんな時間をつくっていくことが向かいたい先でもあるし、数十年後に身をおきたい姿でもある。

今、世界には圧倒的に「聴いてもらう」体験が不足しているのではないか。

「聴いてもらう」は、「聴く」でもある。

どれだけの人が、日々、向き合う人の言葉の奥にある人生に耳を傾けてているだろう。
どれだけの人が、日々、自分自身の言葉の奥にある想いや希望、悲しみに耳を傾けているだろう。
真の癒しとは、他者によってもたらされるのではなく、「他の誰にも届かない、自分自身の心の奥底にある小さな小さな心の声を、自分は確かに聞き届けた」という実感からもたらされるのではないか。
そこにいる他者は、それを見届ける存在に過ぎない。

「聴く」は、特別なことではない。
「聴く」は、伝染していく。
「聴く」は、自分が起点になることができる。

もし、自分の言葉を聴いてくれる人に出会えたら、それは幸せなことかもしれない。
でも、もしそうでなくても、自分自身が聴く人になって、「聴く」を世界に増やしていくことはできる。

今の私にできることは限られている。
それでもそこに、ただただ静かにいることができたら、もし自分が向き合った一人一人が、自分の声に耳をもう少しだけ傾け、周囲の人の声にもう少しだけ耳を傾けることができるようになったなら…。

オランダという国は、一人一人の在り方が社会をつくるということを教えてくれる場所のような気がしている。2019.12.8 Sun 18:16 Den Haag