475. 星の音、言葉の色

集中していた作業がひと段落したので、湯を沸かし、カカパウダーに蜂蜜を加えたものに注いだ。これまではいくつかの種類のパウダーを混ぜて飲み物にしていたが、ここ1週間ほど、それぞれを、他のパウダーと混ぜずに飲むことが増えている。そのきっかけは、これまでヘンプパウダーと混ぜて飲んでいた小麦若葉のパウダーを、それだけで飲んだら「美味しい」と感じたことだ。それはそれまで飲んでいたものの比較において「美味しい」というよりも、素材のもつ味そのものを味わうことができたという「美味しい」という感覚だ。手をかけた料理も美味しいが、野菜の味がそのままに味わえる素朴な料理が美味しいと感じる感覚に近いだろうか。「その人らしさ」そのままに向き合うことができたときの喜びにも近いかもしれない。

カカオのドリンクを飲みながら、オランダに住む友人の日記を読んだ。友人の日記を読んでいるときはいつも、自然と呼吸がゆっくりと穏やかになってくる。そして、心が落ち着いているときに聞こえてくる、とても微かな鈴の音のような音が聞こえてくる。それを私は「星の音」と呼び、心の落ち着き具合の基準にしている。

最近、これまで以上に色々な人が書いた文章を意識的に読んでいる。何に意識を向けているかというと、「誰に向けて何のために書かれたものか」ということだ。それを私は、「文章の色」と感じている。

オンライン空間上に反乱する文章は、その空間の特性上、独特の色を持っている。独特の質感と言ったらいいだろうか。端的に言うと、ゆらぎの少ない「ベタ塗り」のような感じだ。それは、その多くが、「誰に向けて、何のために書かれたものか」が明確だからだろう。書籍をはじめとした紙に書かれたものと違って、オンライン上の文章というのは、誰からどんな反応があったかが顕著に、すぐに、分かる。誰かに何かを伝えることを目的としていると、どんどんと反応があるものに、意識的にも無意識的にも文章の色が寄せられていく。結果とし起こるのは「文章のテイストや書き手のキャラクターは明確だが、そこに人間の伊吹を感じないような言葉が生成されていく」という現象だ。

文章を書くというのは、今この瞬間の感覚と思考を存分に味わうとともに、それを客体化し、思考のゆらぎを起こし、意識を拡張させていくようなそのような営みという一面もあるはずなのではないか。「ああでもないこうでもない」と考えを巡らせ、ときにはどこにも着地できないような割り切れなさが人間らしさなのではないか。

しかし今、オンラインの世界では、ゆらぎや悩みさえも「読み手」を意識して編集されているように見える。オンライン空間には、そんな、人間としての書き手が不在の言葉が日々詰め込まれていっているように思う。手軽に言葉をはじめとした表現ができるようになる中で、そこに、誰かに見せるため、何かを満たすためではない向き合い方をしている人がどれだけいるだろうか。

そんな中、友人の綴る言葉からは独自の輝きとゆらぎをもった薄い半透明な織物が幾重にも重なっている様子が浮かんでくる。そしてそれは、言葉以上の意図が込められたベタ塗りの世界から、「あわい」の世界に私を引き戻してくれる。

こんなことを書こうと思っていたわけではない。ただ、生きるということそのものが織り込まれた言葉を読んでいたら、こんなことが浮かんできていたのだ。

このところ私自身が随分とベタ塗りの言葉の世界に身を置いていたように思う。それは、脳の上半分だけを使っているような感じで、身体性を伴うものではない。世界への置き土産を少しでもつくっていくためとも言えるが、このベタ塗りの言葉の世界に居続けるのは望んでいることではない。数ヶ月前、何やらシャーマン的な道に入りかかった気もしていたが、その感覚も今は遠のいている。そのときはまだ、その道に入っていく準備ができていなかったのだろうと思うが、いつになっても準備など整うわけがないとも思う。私の中ではまだ、言葉できる世界、見える世界、聴こえる世界と、言葉にできない世界、見えない世界、聴こえない世界の間には大きな隔たりがある。それを超えることを阻んでいるのは、「こちら側の世界」にいる人たちと断絶するかもしれないという恐れだ。それは私の心が作り出す幻想でもあるけれど、そう思っているうちは、それが真実となるだろう。

今日は寝室で日記を書いている。昼間の書斎では中庭の様子が見えて、それが心の中を見せてくれる窓のような役割もしているように感じてきた。いつも代わり映えのない屋内では新たな感覚との出会いもないのだろうと思っていたがどうやらそうでもないらしい。ここのところ、夜型になりつつあるが、この、空気の中の塵が地面に降り積もっていく時間帯というのも、心の言葉をつかまえるにはいいいのかもしれない。つくづく自分というものは分かったようで分からない未知の生き物だと思う。2019.12.3 Tue 21:33 Den Haag