471. 異国の日本食屋で奇妙なコントをする夢

朝から続いていた打ち合わせを終え、煮干しの出汁にクロレラとワカメを加えたスープを飲んだ。味噌は切らしている。朝から続いていた雨が止み、日がさしてきたので、このあと、散歩がてら買い物に出かけよう。

日本からやってくる人たちに「何か必要なものある?」と聞かれて私がリクエストするのは出汁と味噌汁の具になる乾物だ。福岡にある茅乃舎というところの出汁は天然の素材でつくられており、出汁だけでスープとして楽しめるほど味わい深く、数年前から東京にも出店していることもあってか、お土産として持ってきてくれる人が多い。味噌汁はほぼ毎日飲んでいるのでいくらいただいてもありがたい限りだ。出汁にはいくつか種類があり、最近は数種類の詰め合わせになっているものもあるようで、いただいたセットの中から、その日の気分で出汁を選んでいる。

しかし今までは正直、その味の違いというのが分かっていなかった。スタンダードな茅乃舎だし、博多限定のあごだし、本枯れ節の入った極みだし、煮干だしに昆布だし、椎茸だし、野菜だし。並べてみるとよくもまあこんなにたくさんの種類を作ったものだと思う。そんなことだからこれまでなんとなく「違うのかなあ、まあ野菜だしは明らかに違うな」くらいに思ってきたのだが、ここ数日でそれぞれのだしの味が明確に分かるようになった。わかるとむしろ、「全く違う!」と思うほどだ。そして一昨日から、朝、白湯の後に飲んでいる小麦若葉のドリンクの味わいも変わったように感じる。これまでヘンププロテインと混ぜて飲んでいたのを小麦若葉だけにしたこともあるかもしれないが、小麦若葉本来の味わいのようなものをしみじみ「美味しい」と感じる。

今日この時間に日記を書こうと思ったのは、出汁の話を書きたかったのではなく、今朝の夢について書き留めておきたかったからだ。今朝も長編大作の夢を彷徨っていたのだが、その最後の部分がまだ映像として残っている。

舞台は海外ということになっていたが、そこにいるのはアジアの人たちのように見え、また、東京のように電車の路線が入り組んでいた。私はそのアジアのような異国で数人の日本人達と、日本人の経営する飲食店に向かっていた。そこで、お客さんに向けて日本語のコントのようなものを披露するのだという。一度電車の乗り換えをして着いた先は、「新しい感じの蕎麦屋」という印象の場所だった。

店の中はカウンターがコの字型に配置されており、コの内側から店のスタッフが食べ物を提供することができる。そして、コの空いた部分とその左側に引き戸がついていて、客から見ると、座っている席から引き戸の向こう側(外)が見えるようになっている。自分を入れて4人ほどの日本人と連れ立ってその店にたどり着くと、その流れのまま気づけばコント的なものが始まっていた。

コントと言っても、店の中のスタッフと、店の外にいる日本人が日本語でやりとりをしている様子を店内の客に見せるという感じだ。前にいる人がやりとりをする様子を後ろから見ながらも、何が面白いのかさっぱり分からなかった。そうしていると、こちら側から見て左側の引き戸の前にいる人に、店の中のスタッフが何か声をかけ、その人は場所を移動して右側の引き戸の前に移動した。そうするとその後ろにいた人も移動したので、私ともう一人も、右側に移動して列をつくった。そうしたら今度は別の店の中のスタッフが一番前にいる人に声をかけ、その人が今度はまた左側の引き戸の前に移動し、その後ろの人も移動したので私ともう一人も左側に移動をした。それを見て、店の中の客が笑っている様子から、私は「これは日本人が周りに合わせるという様子を表しているのだな」と思った。

その動きをもって、コント的なものは終了したようだった。店の人と少し話をしたのち、またやってきた道を戻り電車に乗り、乗り換えの駅に降り立った。そこで一緒にいた人たちとは解散をし、ホームで乗るべき電車を探すも停まっている電車の脇にさらに電車が割り込んでくるような形で電車が入り乱れ、乗るべき電車がなかなか見つからない。行き先表示などを確認し、これだと思った電車に乗ろうとすると、さっき一緒だった日本人たちが電車の後ろの方の座席に座っている様子が目に入り「一度別れたのに同じ電車に乗りたくないなあ」などと思い、電車に乗ろうかどうか迷っているところで目が覚めた。

今のところ、夢の中に出てくる日本人というのは、私にとっては「あまり一緒にいたくない存在」のようだ。2019.11.28 Thu 12:18 Den Haag