463. あのときの気持ち

以前見たことのある、スズメほどの大きさで頭の先が高麗納戸(こうらいなんど)色をした鳥が、葡萄の蔓の上を、ちょんちょんと歩いている。さらに、ふた回りほど大きな体の、体は黒く嘴の先だけ山吹色をした鳥もいる。毎日こんなにもたくさんの鳥が、庭に来ていたのだろうか。「日曜だからだろうか」と、人間のリズムを重ね合わせる自分をおかしく思う。

空には鱗のような雲が広がっているが、雲の切れ間もある。鱗、という字で、つながる記憶がある。

数年前。私には好きな人がいた。「好きな人」と書くと、なんだか高校生みたいで恥ずかしいような気持ちにもなるけれど、その人のことを私は好きだったのだと思う。小さな喜びや切なさをたくさん感じた。しかし、私の仕事の環境などが変わり、上手くいかなくなり、ある日を境に会わなくなった。それ以来私は、その人のことを「好きだったわけではない」と思うようになった。好きだったことを認めるのが怖かったのだ。好きだった人と一緒にいることができなくなったということを受け入れるのが怖かったのだ。「あなたのことが好きだった」と認めるのが、悔しかったのだ。

ここまで書いて、さて、と途方に暮れている。「好き」という気持ちについて紐解いてみたいと思う反面、どれだけ言葉にしても、この、心の中にある雲のようなものの存在を表現しきれないとも思う。言葉になればなるほどに、頭で考えるほどに、感覚とは遠いものになってしまうのだ。

今はただ、認めたかったのだろう。味わいたかったのだろう。あのときの、自分が認めることのできなかった気持ちがどういうものなのか。あの頃、よく聞いていたわけではないと思うけれど、秦基博さんの『鱗』という歌の、歌声と歌詞が、久しぶりに感じる「切ない気持ち」を届けてくれる。2019.11.24 Sat 9:37 Den Haag

464. 交流とデジタルデトックス

記憶の感覚というのは本当に不思議だ。思い出していることは記憶であっても、感じているのは今この瞬間。

会社を辞めてからもうすぐ丸5年が経つ。正式な退社は2015年の1月末だったが、前の年の12月22日が最終出社日で、翌日の23日にはフィリピンのセブ島に向かっていた。5年前のこの時期というのは色々なことがあった。記憶というのは、頭だけでなく身体にも刻まれているのかもしれない。

昨日は、夏に参加していたインテグラル理論のオンラインゼミナールでご一緒した方々との、オンラインでの振り返りの会に参加した。最後のクラスのグループセッションで一緒になった方々を中心に、5,6人の参加者の方と、「最近の取り組み」について共有する会は、今回が2回目だった。ゼミナールが終わった後もこうして、住んでいる場所や関わる領域も違う参加者の方々と利害関係なく、共通の話題で話をする場があること自体、普段、複数の人と関わることが少ない私にとってはとてもありがたい場だ。1時間という時間の中でも、脳のシナプスがすごい勢いで伸びていくような感覚がある。人との関わりというのは、私にとって、書斎の窓のようなものかもしれない。いつもとは違う世界を見せ、新しい気づきを与えてくれるものなのだと思う。数ヶ月おきに話をすると、お互いに少しずつ何かしらの変化があり、同時に、少しずつ関係性の糸が織られていくような、そんな感覚もある。次に日本に来るときはぜひ実際に集まりましょうと言ってもらったことも、とても嬉しい。

以前、自宅で開催していた日本語や日本の文化に関するワークショップは人々がこぞって外に出る初夏の訪れとともに、お休みをしてしまっていたが、また再開してもいいかもしれない。人と直接会って言葉を交わすことも少し増やしてみたい。

今日は、数日前から決めていた「デジタルデトックスをする日」だ。この日記を書き終え、サイトへの更新作業と、友人の日記を読むことを終えたら明日の朝まではパソコンは開かないことにする。スマートフォンも同様に、今日散歩に出るおおかたの方向を決めるために地図を見たら、それ以降は開かないでおこう。ここのところ、終日パソコン作業をすることが続いていたが、それは感覚や感性に深めることに対してはあまり良い影響を与えていないように感じる。と、わかっていながらも、パソコンで作業をすると、何かしら進捗をしている感覚が得られるのでついついそれを続けてしまうのだ。(それが「目先の達成感」であって、本当に必要なことに取り組めているかどうかはまた別だという脳科学の話を先日聞き、ハッとした。)

今日は、オンラインゼミナールの追加の講座の説明会があるということで、みなさんの声や近況を聞いてみたいとも思うけれど、せっかく天気もいいので、家を出て、のんびりと過ごし、録音を後日ゆっくり聞くことにしたい。

そういえばもうすぐオランダのクリスマスだ。オランダでは12月6日がクリスマスのお祭りのようなシンタクラース祭の日となっており、12月5日の夜がいわば「クリスマスイブ」のような感じだという(このあたりの話はまだよく知らない)。そして、サンタクロースではなく、シンタクラースがやってくる。しかもこのシンタクラースは、トナカイでやってくるのではなく、船で、スペインからやってくるというのだ。毎年、この時期になると「シンタクラースがスペインを出発した」ということに始まり、「今はどの辺の海にいる」ということがニュースになり、子どもたちは「シンタクラースは無事オランダにやってくるかな」とヤキモキしているらしい。

調べてみると、先週末にシンタクラースはすでにアムステルダムに到着し、アムステルダムではパレードが開催されたとのことだった。これから、オランダの各都市を回っていくようだ。ハーグにはいつ来るのだろうと調べたら、なんと、アムステルダムに到着する前日に、すでにハーグのビーチに来ていたようだ。しかも、ビーチから街の中心部まで行くパレードで、家の近くを通っていたといたようだ。先週の土曜、私は一体何をやっていたのだろう!そういえば、先週末、外から音楽が聞こえてきた気がする。この後悔は、出不精にはいい薬かもしれない。せっかくオランダにいるのだから、オランダの楽しみを存分に味わいたいという気持ちが、むくむくと大きくなっている。来年は、ぜひともハーグのビーチにシンタクラースがやってくるのを見てみたい。その前に、今年は、どこかの街でシンタクラースがやってくるのを見に行くことができないだろうか。このあとは、デジタルデトックスの前に、オランダの季節の情報を調べよう。寒い寒い、雨が多い、と思っていたこの季節が、思ったよりも楽しい季節になっていたということに気づき、今日の外出がますます楽しみになった。2019.11.24 Sat 10:18 Den Haag