462. 倒立と祖父とオランダの冬の夜

パソコンを書斎の机の上に置いた。正確には、机の上に置いた小さな子ども用の机の上だ。立ってパソコン作業をするにはちょうどいい。珍しく、正面の家のリビングには間接照明ではなく部屋全体を照らす明かりが点いている。

ここに来る前、リビングで倒立をしていた。雨が続き、外に出る機会が減っている(雨のせいにしているが、本当はそうではなく、外に出るのが億劫な気持ちが続いている)ことから、身体がなまっていることを実感しているので、どうにか効率よく、身体や心、精神に良い運動をすることができないかというのがここのところのテーマとなっている。先日はじめたHIITは短い時間で身体の代謝を上げ、脳内物質を出すことも促進できるので数分間だが、二日に一回ほど、身体を動かすことは続けられている。(数分間だから続けられているのだと思う。)さらに、特に集中力を高めるようなことに取り組めないかと考えていたところ、思い出したのが祖父が倒立をしていたということだった。

英語の教師をしていた父方の祖父は70代までタップダンスやジャズダンスを習いに行っており、あるとき、外で転倒して脳と身体の機能が低下するまで(脳と身体の機能が低下していたから転倒したのかもしれない。外出から戻ってこない祖父が見つかったときは、英語を話していたと聞く。)毎日、確か朝晩、三点倒立をしていた。いつからその習慣があったのかは分からないが、絵を描くこともすきで、よく手先を動かし散歩をしていた祖父は、歳の割には元気だったと思うが、そのポイントの一つが倒立の習慣だったのではないかと思う。逆立ちには脳や身体全体の結構を良くし、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの分泌も抑えられるということで、手軽に、新たに取り入れるにはちょうどいいのではというアイディアが浮かんだ。

「手軽に」と思えるのは、小さい頃に行っていた体操教室で三点倒立まではやっていたことから、倒立に抵抗がないこと、そして、空間に余裕のあるオランダの家に住んでいるということも関係しているだろう。(と言っても、リビングよりも広い寝室では、ちょうどスペースが空いているところの壁(クローゼットの扉)には鏡が取り付けてあり危険だったため、リビングの真ん中に置いてある大きな机を移動し、スペースを作ってやっと倒立をすることができたのだが。)「倒立は健康に良い」とは言うが、考えてみれば日本で住んできた家では倒立ができるスペース自体がなかった。私が両手を伸ばすと、全長?2mは超えるだろう。天井の高さは十分でも、壁の前に2m四方のスペースを取れる部屋というのはなかなかない。「やろう」と思ったことができるだけのスペースがあることに感謝しつつ、早速倒立をした。

おそらく20秒も続かなかったのではないかと思う。しかし、今は、倒立をする前よりも、身体が軸を捉えようとする感覚がある。ここのところ、姿勢が悪くなっているのか肩や背中の張りがでてきているが、続けていくと、それも解消されるのではないかという予感がする。今の時点では頭もスッキリしている感じはするが、実際に思考にとってどのくらい効果的かはまだ分からない。しかし、取り組んでみる価値はあるのではないかという気がしている。

どうにかして、身体も心も思考も、もっと良い状態にしていきたいのだ。できれば、何か良くない習慣と置き換えたい。

さらに今取り組みたいのは、週に一日ほどパソコンやネットを使わない日をつくること。そして、読書も含めて、文字情報を取り込まずに、自然を感じたり、感覚的な表現をしたりすることに集中する日をつくりたい。もっと言葉で表現をしていきたいと思っているが、それに必要なのは、インプットではなく、「感じること」「感じたことを耕すこと」なのだと思う。

外は、闇と影の境目がなくなっている。今日はオランダ時間の深夜のセッションがある。
それまでできるだけ思考は使わず、ゆるゆると過ごしたいが、読みたい本もたくさんある。悩ましい。残りの時間の半分は読書をして、半分は祖父の絵描いた絵の収められた、小さな画集を眺めようか。静かに夜が深まってゆく。2019.11.22 Fri 20:58 Den Haag