456. 旅立つ人の無事を祈って

久しぶりにいいお天気だ。そう思ったそばから、いや、そうでもないか、と思う。
本当は日々、こんなふうに日が差していたのかもしれない。しかし、打ち合わせやセッション、その他の作業のときは目の前のことにのめり込むがゆえに、天気のことは全く記憶に残らなくなる。特に午前中の8時から11時にかけては予定が入っていることも多いので、この時間に家の外の環境に目を向けることもほとんどなかったのだろう。窓を開けて、片付けをし、掃除機をかけると、寝室の窓からリビングまで、さらに清々しく光が差し込むようになったように感じる。

そんな風に、環境や光を感じて、この一週間、自分がいかに内向きになっていたかに気づく。内なる景色を眺めることも大切だ。しかし外にある景色を眺めることが、内なる景色を眺めること、そしてその景色を変化させていくことにつながっていくのだろう。

この数日(と言っても、それが二日ほどだったということに、友人の日記を読んで気づき驚いている)読んでいなかったヴェネチア滞在中の友人の日記を読んだところ、ヴェネチアが大変な津波災害に遭っていたことを知り驚いた。今頃は無事にオランダの自宅に戻っているだろうか、そうであることを願っている。

旅先で自然災害もしくは、事件や事故に巻き込まれることがあるのだということを改めて実感し、自分が、どこかに向かう人を見送るときに「もう戻らないのではないか」という恐れを抱くということにも、今こうして日記を書きながら気づいている。それは、5年ほど前の夏から秋にかけて、旅先で出会った人が、その旅の途中に、そして仕事仲間が駐在先で亡くなった体験に結びついているのだろう。

そして、その後に起こったもう一つの体験が、私の中の恐れのスイッチを確実なものにしたのだと思う。

二つの突然の死を体験したのと同じ年の冬、私は山中湖の近くで開かれたリトリートに参加した。二泊三日の日程の中で、毎日、原生林に入り、そこで参加者が数時間、自由に思い思いの時間を過ごし、対話をするというものだった。そのときの参加者は私を入れて四人。当時の私よりも少し年上の女性と、同い年の男性、そして五、六歳若い男性、ガイド役として二人の人が森を案内してくれて、さらに一人、滞在場所で食事を作ってくれるスタッフがいた。

苔むして、朽ち、土に還っていこうとしている倒れた大きな木。その周りをかけまわるリス。一人で森を歩くときの、不思議と孤独ではないあたたかな感覚。色々な記憶が思い出される。一日が、何日分ものように長く感じた。

そんな時間の、二日目のことだったと思う。森の中で一人で過ごす時間の終わりを告げる太鼓が鳴らされ、ガイドのいる場所に戻っていったとき、参加者の一人、同い年の男性が戻って来なかった。待てども待てども戻って来ない。リトリートの参加中は通信手段になるものも預けていたため、連絡を取る方法もない。みんなが、森の中で集まる手段は、太鼓の音を頼りに、音のする方向へ歩くだけだった。だから、すでに三人が集まった後も、ガイドの人が太鼓を鳴らし続けたのだったと思う。それでもやはり、男性は戻って来なかった。原生林と言っても、しばらく歩けばどこかの道に出るはずだから、という話を聞きながらも、私は不安でならなかった。そして、参加者三人とガイド二人、森に入ったときより一人少ない状態で、私たちは宿泊場所であるコテージに戻った。

それから男性が戻るまでのことは覚えていない。その日の夜、焚き木を囲んで、自分がどうしようもなく不安にかられたということを話したのは覚えているので、その前には男性が戻ってきていたはずだ。森で過ごし、随分時間が経ったけれども太鼓の音が聞こえてこないので(私たちは時計も外していた)、森の中を歩き、一般道に出て、民家かお土産やさんのような場所を見つけて、そこで電話を借りて、コテージに連絡を取ることができた、もしくは、コテージに自力で戻ってくることができたという話だったと思う。

しかしこうして書きながら、この記憶は本物なのだろうかという気にもなってきている。これだけ思い出しても、私はその男性の名前が思い出せないのだ。もともと、特に人の名前に関して記憶力がいい方ではなく、仕事柄、記憶という領域にアクセスすることそのものをしない習慣の方が強くなっているためか、余計に記憶を引っぱり出せなくなっているのだと思うが、あんなにも強烈だったはずの体験自体が、今随分薄れようとしているのだ。

あのとき、男性は本当に戻ってきたのか。
そもそも、あのときそんな男性の参加者はいたのか。
いや、私は本当にそのリトリートに参加をしていたのか。

最近、ちょうどそのリトリートのときにガイドをしていた方が連絡をしてきてくれたので、自分がリトリートに参加したということは間違いないとは思うのだが、こんなにも、「出かけた人が帰ってこない」という状況の後のことが思い出せないことに驚いている。

人は「見ている」と思っているものの8割は、記憶や意識から取り出している映像だと言う。あのときの体験そのものも、すでにそれより前の記憶や意識が織り込まれたものだったのだろう。そうすると、自分が「体験している」と思っているものは一体何なのか。その中で喜びや苦悩が生まれるとすると、人は究極的には他者の人生や感覚を理解することなどできないのだろうか。きっとそうだろう。だからこそ、それを感じようとすること、共に過ごす時間を味わおうとすることが尊いことなのだと思う。

一ヶ月半前、また一人の人が出かけて行った。私はその人の帰りを待っている。
流れる時間は、永遠にも長く感じる。

「あれが最後だった」と、後から知ることになる体験は、この先、生きていると増えていくのかもしれない。でも、「そうならないこともあるのだ」という、新しい体験と記憶をつくりたい。

電話もインターネットも手紙もない時代、旅に出る人を送り出すとき人々は「これが最後かもしれない」と感じていたのだろうか。人に対して、期待よりも、感謝を持てていたのだろうか。

不思議な記憶とともに、色々な思いが巡っている。2019.11.16 Sat 11:55 Den Haag

*この日記をアップするためにもう一度読み直しているときに、リトリートでいなくなり戻ってきた男性の名前を思い出した。書いているときはあんなに思い出せなかったのに、数日経った今、すっと名前が降りてきた。記憶とは本当に不思議なものだ。2019.11.21 Thu 14:12 追記