450. 強い雨の音を聞いた夜

バタバタバタバタ。強い音で何度も目が覚めた。正確には、0時すぎ、2時すぎ、4時すぎ。2時間ごとに3回。2時間ごとに雨が強くなったかと思っていたが、眠りのサイクルが2時間ごとで、雨はずっと強く降っていたということだろうか。それでもやはり、ものすごく強く降るタイミングというのは確かにあった。そのときは、雨が雹になっていたのではないかと思う。

ドイツに住んでいたときにも、夜中に激しく雨が降ることがあった。一度は、強い雹のようなものがあたったせいか、天井から雨漏りがしたことがあったくらいだ。森が近くにある、静かな町に滞在しているときのことだから、あれは確か夏が訪れる前だったのだろう。

雨は、昨日の午後には降り出していた。オランダの秋がこんなにも雨が多い季節だったというのは、昨年は感じていなかったことだ。外出のしにくさで考えると真冬の寒さよりも雨が続くということの方が困りものだと今は思うけれど、寒さがもっと厳しくなったらやはり結局外に出るのが億劫だなあと思うことだろう。それでも、こんな風に雨が続いても「困るなあ」くらいで済むのは、天候に依らず、決まった時間に外出をしなければならないということがないからだろう。食べ物のことさえ考えなければ、「出かける代わりに本を読む時間が増える」くらいの、深刻ではない気持ちだ。

向かいに並ぶ家の一つにだけ電気が灯っている。スーツを着た男性がせわしなく動いている。この雨の中、スーツで出かけるというのは大変だろう。

今日は天気予報では10時すぎには雨が止むようだ。そのタイミングで買い物に出たい。

窓に当たる雨の音、窓をつたう雨の音を聞きながら、日本茶のお店で働いていたときのことが思い出される。雨の日も風の日も、いつも同じように支度をし、静かにお客様を待つ。8席のカウンターが埋まっているときやお客様の入れ替わりが早いときは、やることは忙しいのだが、お客様がくつろげるように、できるだけ心を鎮め、淡々と仕事をする。あの店での時間、あの仕事も、本当に大好きだった。来た人を静かに迎え、ただ静かにそこにいるというのが、私には合っているのだろう。

今は、日々多くのことをしようとしすぎていないか。頭ばかり使っていないか。人の心と向き合えているか。

気づけば前へ前へと早歩きになっていた自分を省みる。静かに穏やかに。

強くなった雨音の、激しさの中の静けさを聴きながら、そんなことを思っている。2019.11.12 Tue 6:59 Den Haag

451. 夜が明ける

ゴロゴロゴロという音がして、バタバタとベランダの床に当たる雨の音も一段と強くなった。まだ空は真っ暗だ。今日の日の出は7:55、日の入りは16:54、現在の体感気温は1度と、スマートフォンの天気予報に出ている。普段使っている別のアプリではこのあと9時台には雨が止む予報になっているが、今開いたもともとスマートフォンに入っている別の天気予報のアプリでは今日は一日中、いや、明日の日の出まで、雨の予報が出ている。できれば少しでも晴れ間が見えてほしい。

調べてみると、日の出の時刻はあと1時間は遅くなることが分かった。その頃の日照時間は約8時間、最も日照時間が長い時期の半分以下ということになる。日没時刻は現在よりも30分ほどしか早まらないというのはせめてもの救いだ。

ドイツにいた頃は、日没が早く、随分と暗い気持ちになったものだと、調べて見ると、ドイツで住んでいた場所では最も早いときで16時前に陽が沈むことが分かった。ということは14時台から、太陽がだいぶ傾いているということになる。暗くなるのが早いと思うはずだ。その頃の気持ちというのもあっただろう。広い割に、家具がほとんどなくガランとした家に一人。建物が新しく、床暖房が効いていたので寒くはなかったが、薄暗くなっていく家の中で、仕事をし、料理をし、ドイツ語の勉強をする。長い夜のような時間だった。

今はどうだろう。「あっという間に日が暮れたなあ」と思うことはあるし、家の中が寒いこともあるけれど、あの頃のような物悲しい感覚はない。この家の、薄ピンクの壁と、たくさんの絵画、そして日本では絶対に選ばないであろう、厚手の真っ赤なカーテンも、心をあたためてくれる。まだこの地に根を伸ばしてはいないけれど、地に足はついている感じだ。

日の出の時間を確認したところから、考えが巡った。
空は少し、明るくなってきている。カモメの声も聞こえる。
今日も一日が始まる。2019.11.12 Tue 7:43 Den Haag