445. 雪が積もったインドの校庭で父がママチャリを漕いでくる夢

暗いトンネルを歩くような一週間だった。いや、それは昨日1日だけのことかもしれない。とにかく、光が見えなくて、とても長い時間のように感じる時間を過ごしていた。

そのことを書く前に、今朝の夢の覚えている部分を書き留めておきたい。今朝の夢は、舞台はインドだった。それはいくつかのシーンの視覚的な要素や、人の多さから受けた印象だったのかもしれない。そもそも私はインドに行ったこともないし、「インド的なものが何か」と聞かれても、踊りと笑いに満ちた映画のイメージくらいしか出てこない。私にとって一番身近なインドはドイツの語学学校で同じクラスにいたインド人たちだろうか。彼らは、インドには4種類の言葉があると教えてくれた。夏の暑い時期は気温が60度くらいになること(本当だろうか。)、ポピュラーなスポーツはクリケットであること。私にとってのインドはそれくらいなのだが、とにかく今朝の夢の舞台はインドだった。学校のグラウンドのような場所に雪が積もり(この時点ですでにインドではないと思うのだが)、その上で、フィギアスケートのペアのような競技が行われていた。氷の上ではなく雪の上で、人々はトラックのような場所を滑っていく。そして、「ペア」の競技なのだが、複数のペアが同時にトラックに入り、ぐるぐると回っている。どちらかといえば、スピードスケートの団体のような感じにも近いのだが、無秩序にも近いその競技を私は「スケートのペア」だと思った。

と、そこに、雪の上を自転車に乗って父がやってきた。かなり日焼けをして髪はパンチパーマ、茶色のレンズの入った大きめのサングラスをかけている。どう見てもカタギではない。その父が、雪で進みづらい中、ママチャリを漕いでくるのである。「お父さん、どうしちゃったの」と心の中で笑いながら見ていると、別の方向から、中学校でサッカー部のマネージャーをしていたときの同級生の部員の一人が歩いてきた。父も同級生も私の方に向かってきており、私の前で二人が向き合う奇妙な位置関係になった。「あちゃー、変わったお父さんだと思われるだろうなあ」なんてことを思いながら、同級生に「こちら父です」、父に「サッカー部の○○くんです」と紹介をする。心の中を「あ、やっぱり困ってるよなあ、そうだよなあ、この姿でママチャリは強烈だよなあ」という言葉が巡る。父が「あ、どうも」と軽いノリで挨拶をしたところまで覚えており、その後、私が自転車でどこかの駅に向かうというシーンに変わったことを覚えている。

覚えているのは短いシーンだが、何だかとてもコミカルだった感覚が起きた後も残っていた。

先日、ある動画で紹介されていた「価値観のリスト」のワークをやってみたのだが、様々な価値観の中に「笑い:人生や世界のユーモラスな面を見る」という項目があった。結局自分にとって最も重要な上位10個の価値観には選ばなかったのだが、その候補にはこの「笑い」という項目を残していた。「ユーモラスな面」と聞いて、私は同時に「真面目」という言葉が思い浮かぶ。そしてそれは例えば、三谷幸喜監督の作品などが思い浮かぶ。三谷幸喜監督の作品はどれも大好きなのだが、どの作品にも共通するのが「真面目さの先にある笑い」だ。登場人物は笑いなど取ろうとしていない、みんないたって真面目なのだが、それが、見ている方としてはなぜだかくすりと笑いが出てしまうのだ。

なぜ真面目なことがユーモラスにつながるのだろうと今考えている。いたって真面目なのだが、結果として、本人が意図していたことと違うことが起こってしまうからかもしれない。あるいは、それが重なりあって、結果として上手くはいくけれど、その途中でしょうもない無駄のようなものが生まれてしまうからかもしれない。しかし本人たちはそれに気付かず、とにかくいたって真面目なのだ。三谷幸喜監督の作品を見ていて気持ちがいいのが、いたって真面目な人々が、何かが上手くいかなくても、被害者的にならず、いたって真面目に自分なりの対処をしようとし続ける、前向きさのようなものがあるからだろう。いたって真面目な結果、様々なハプニングが起こるのだが、そこにいる人々は誰かを責めるのではなく、ものごとに健気に向き合おうとし続ける。それが、「トラブルは色々起こるけれど何だか憎めない人たち」という感覚を生む。

雪の中をサングラスでママチャリを力一杯漕いできた父の姿は、「あちゃー」と思いつつ、なんだか憎めないのだ。

「人生や世界のユーモラスな面を見る」というのは、改めて、私にとって結構大切なことなのかもしれない。美しい景色を見るのも好きだ。美味しい料理を食べるのも好きだ。そこにさらに、「いたって真面目」な人々が作り出す、ユーモラスなものが加わった瞬間というのが、いつまでも記憶に残り、人生に笑いというスパイスを加えてくれるのだと思う。2019.11.10 Sun 13:56 Den Haag

446. 真冬のはじまり

リビングでSkypeで行なっていた打ち合わせを終えて、パソコンを書斎に運び、窓の外を向いた。外が明るいと、中庭の景色を見るという楽しみを味わうことができる。春から夏にかけての、外に開いていくようなエネルギーも好きだったが、秋冬の、静かに閉じていくようなエネルギーを感じることも好きだ。むしろ閉じていくときの方が好きなかもしれない。その先には終わりがあるように見えて、さらに、また違う形での始まりが待っているように思う。

今朝、リビングの窓を開けると「これはもう真冬だ!」と思う寒さで、スマートフォンの天気予報アプリを見ると現在の気温の表示が-2度となっていた。さすがにマイナスは大げさだろうと思うも、体感温度も2度と出ていた。やはり私にとってはもう、真冬だ。中庭の様子もどこかいつもと違う。なんだろう、と思ったら、いつもは黒い隣の屋根の上が、今日は白く見えることに気づく。霜がおりていたのだ。屋根の上に伸びた木の枝に成った実の赤さが際立つ。

斜め前の家には、普段は白髪で老齢の女性が一人で住んでいるようだが、今日も含めて、時折、夕食どきにリビングにいくつもの明かりが灯され、何人か分のテーブルセッティングがされている様子が見える。近くのレストランでも年配の人々がテーブルを囲んでいる様子を見たことが何度かある。食事というのが、単に科学的な栄養を摂取するだけの時間ではないのだということを実感するときだ。

ゆっくり、しずかに、あたたかに。これからの人生で、たくさんではなくても、大切な人たちとそんな時間を過ごしていきたいと、年老いた人々が一緒に食事を摂る姿を見て思う。

昼過ぎに日記を書いたときに「暗いトンネルを歩くような一週間だった」と書いた。本当にそうだろうかともう一度考え直してみる。「暗いトンネルを歩く」には、感覚を研ぎ澄ませる必要がある。しかし、感覚を研ぎ澄ませていたかというとそうではない。そうではないというと語弊があるだろう。そうではないときもあった。「昨日は泥の中にいるような1日だった」と言った方が正確かもしれない。「怠惰な1日を過ごした」とも言えるだろうか。いや、「怠惰」を味わったのならそれはそれでいい。「生きているのかそうでないのか分からないような1日だった」と言うと大げさだろうか。とにかく、日記の執筆を含めて、自分で何かを生み出すことを一切行わなかった。何かを消費することもほとんどしない。「なまけもの」と言ったらなまけものに失礼なくらいに、とにかく何もしない1日だった。

そんなことを振り返りながら、書斎の窓を開けると、涼しい風が吹き込んできた。書斎は小さいので暖房であたたまりやすい。ここのところ外に出ると感じる何かを燃やしているような、土のような匂いがする。どこかの家の夕食の匂いも混じっているだろうか。匂いの奏でる音色が心地いい。今まさに沈みゆく太陽を見に外に出たいという気持ちが起こってきた。今日は一度散歩がてらスーパーまで行ったが、もう一度出かけることにする。とにかく、昨日よりはずっと、エネルギーが戻ってきている。2019.11.10 Sun 17:17 Den Haag

447. 夕焼けを追いかけて

外から帰ってくると、随分と家の中があたたかいように感じる。いや、あつすぎるくらいかもしれない。こう感じるのは今回に限ったことではないので、基本的に我が家は少し暖房が効きすぎなのかもしれない。外から入る日差しによっても、体感温度が随分変わる。午前中は部屋が冷えているのかセッションや打ち合わせの間に身体がすっかり冷え切ってしまうということも多く、調整がなかなか難しいが、午後はこれまでよりも暖房を弱めてもいいのかもしれない。

先ほど日記を書いている間に散歩に出かけたくなり、上着を羽織り、ストールを巻いて早速外に出た。家の前の道は東西を貫いており、西を向くとちょうど、空がオレンジから灰色がかったブルーのグラデーションになっている様子が見えた。オレンジに染まる空に向かって歩く。そんなに長い距離を歩きたいわけではないが、東の方向に折り返してしまうのも惜しい。どうにか西の空を見ながら歩き続けることはできないだろうかと考えながらもいい方法が思いつかず、一つ目の交差点を渡り、住宅街の中の道を東に折り返した。

ここのところ、以前よりも売家が増えているように感じる。我が家の近くでは家が30軒ほど連なる区画にだいたい一つは、多くて三つくらい、売家の表示がされている家がある。そしてその約半分は売約済みになっている。リノベーションされたばかりの家は、どこもシンプルかつモダンで、気の通りが良さそうで清々しい。今年の末から来年にかけて新しい家を探すことになりそうだが、次はどんな家に住むかという楽しみと、良い家が見つかるだろうかという不安が半分半分くらいある。日本にいるパートナーがオランダに来る日が決まることを心待ちにしているが、なかなか見通しは立たないようだ。

住宅街の家々は、オレンジ色の明かりが灯り、そこに人の暮らしの匂いがした。食事の支度をしている人たち、食事をとっている人たち、くつろいでいる人たち。それぞれの暮らしの美しさに、涙が出そうになる。

日本にいる頃、同じ家が並んでいる光景というのはあまり好きではなかった。規格に収められた人生がそこにあるような気がして、嫌悪感を感じることさえあったくらいだ。でも今なら分かる。見た目は同じような家だとしても、その一つ一つに違った暮らしがあるのだということが。その一つ一つに、暮らしを守ろうと懸命に働く人の姿があるのだということが。

今、福岡の両親が暮らす家には私は大学生の最後の一年間しか住んだことがない。父の足が悪くなり、5階まで階段を昇るのが大変だということで、いずれ別の場所に引っ越すだろう。もうすぐ15歳を迎える犬ももう随分階段を昇るのが大変なようだが、犬がいるうちは環境が大きく変わることは避けたいと思っているのだろう。

私はあと数年で40歳を迎える。まだ数えるには早いかもしれないが、あえて言うならすでにアラフォーだ。年齢というのはあくまで自分の外側についた数字の一つに過ぎないと思っているが、自分自身というよりも周囲が歳を取り、それによって生活も変わっていくのだということを実感している。私自身もそうなのだろうか。この3年間は「動く」ということと「待つ」ということが同居し続けた不思議な時間を過ごしてきた。「私はいつまで待つのだろう」と思うこともある。しかし、「待つ」というのは、対象があり、それに対して何らかの期待があることを含んでいたことに気づいた。自分がコントロールできないことに一喜一憂することは、果たして必要なことか。自分がありたい姿なのか。そうではない。結果として起こること、見える景色を味わいながら、日々、自分にできることをただ為していくということが、自分ができることなのだと、すっかり暗くなった書斎の中で考えている。2019.11.10 Sun 17:59 Den Haag