435. 黒いキャンバスの上に浮かんでくること 外が暗くなってもう随分時間が経つ。サマータイムが終わったこともあるが、それからもどんどんと日没時間が早くなっているように感じる。ハッと気づけば外が暗くなっていた。そんな1日だった。それは昨晩遅い時間にセッションがあり、今朝起きるのがいつもよりもだいぶゆっくりだったことにも関係しているが、それにしてもあっという間だった。 午前中に少し原稿を書き、今後書き進めるイメージが出てきたように思ったが、その後、別のことにエネルギーを使ってしまった。今日はファスティングをしようかと思っていたが、あまりにもエネルギー不足ではないかと感じ、結局途中でバナナやザクロなどのフルーツと味噌汁を摂った。ファスティングはやってみたいと思っているが、正しい知識がなく、踏み切れていない。コーチの仲間に栄養管理士の方がいるので相談できればと思っている。 食もだが、こうして文章を書く環境というのも大事だろう。先ほどはじめてWordには、フォントなどの調整のタブが出ず、文字に集中することができるモードがあるということを知ったが、いくつか選択できる背景の色・柄の中になぜか真っ白という選択肢がなく、今は背景が黒の状態で書いている。見慣れないが、これに慣れていけばより自分の中から出てくるものを言葉にすることに集中できるかもしれない。 出てくる思考に任せていると、ついついすぐに新しい調べ物がしたくなってしまう。しかしその全てが本当に必要なものかと言えばそうではないだろう。そのまま芋づる式にいくつかのことを調べて、何か作業をした気になっているが、結局のところそれは世の中にある情報に触れて「知った気になっている」だけなのだと思う。 ここのところ、メールをチェックする時間は減っているが、できればもっと減らしたいと思っている。コンスタントにもしくは複数回メッセージをやりとりする必要があることはできるだけ避けたい。仕事上、そういったことが必要ないようにだいぶ整理ができてきたが、あと一歩というところだ。特に、本来直接コミュニケーションを取るべき人との間に別の人が入っている場合、全体で見た関係性は複雑なものとなり、そこに費やされる時間も無駄なものが出てくるだろう。シンプルに、最小限にというのが、自分が身を置きたい環境だ。その中にいてこそ、頭の中がクリアな状態で他者の話が聞けるのだと思う。 そうだ、今日は朝から雨が降っていたのだった。バタバタという霰が降っているかもしれないというくらいの強い音で目が覚めた。その前には、何か長い夢を見ていた気がする。暫くして雨は止んだが、その後また降ったり止んだりの続く1日だった。しかし、窓を開けたときに気温はそこまで低くなかったように感じた気がするが、それは昨日のことだったかもしれない。今も風の吹く音が聞こえる。 できれば、次はもっと自然を近くに感じる場所に暮らしてみたいということが今日ふと浮かんだ。ハーグの街全体や近所の商店街も大好きだが、いつもそれが必要かというとそうでもない。特に冬は静かな森の中でパチパチと暖炉の音がする小さな家で外とのやりとりは最小限で過ごす、なんてことをやってみたい。自然も動物も、冬は静かにエネルギーを蓄える時間だったのではないか。だからこそ、春になって力強く芽吹くことができるのではないか。そんなことを考えている。できればやはり、辺境の地に茶室をつくり、そこで時折訪れる客人との対話を愉しみ、人が来ないときも静かに茶を淹れるような時間を過ごしていきたい。 そんな環境を整えるにはまだ少し時間がかかるかもしれないが、日々自分の心をそんな風に持っていることはできるだろう。 数日前に買った電動のミキサーがなかなか具合良く、野菜のスープのバリエーションを増やしてくれている。作ってみたいと思っていたキノコのスープは、週に何度か食べてもいいと思うくらい好みの味に仕上がり、あっという間に食べてしまった。明日はジューサーも見に行ってみようかと思っている。スープもジュースも、新鮮な野菜を使った出来立てのものというのは、身体が喜ぶだろう。 なんだかとりとめもなく書いてきた。言葉の元気がないとここ数日、いや10月は感じていたが、黒いキャンバスの上で、こうして出てくるものがあることに、少しほっとしている。2019.11.2 Sat 22:07 Den Haag