432. 明かりをつけない人々と今朝の夢

向かいの家のリビングに、オレンジがかった光を放つ裸電球が一つ灯っている。ほのかに照らされる広い室内。あの暗さで1日を始める気分になるのだろうかと不思議に感じる。我が家では朝起きると寝室とリビングの天井から下がっている比較的強い光の電灯をつけるが、そんな風に朝から(昼間でも)明るい電灯をつけるのはオランダのスタンダードではない。どんなに長くこの地で暮らしても、分かり得ない感覚というのがあるのだろう。そう思い続けていたい。当たり前になるということは、そこにある慣習や文化が自分自身に染み付くということだ。自分自身に染み付いたものに自覚がないまま他者に関わることは、色のついたレンズのメガネをかけていることに気づかずに街中を歩くようなものだ。赤いレンズのメガネをかけていると、赤という色を見ることはできない。自分のかけるメガネのレンズの特徴に気づくことは難しいが(究極的に気づくことのできないレンズというのもあるだろう)、世界に対して、「当たり前」よりも「違和感」を感じ続けていたい。

今朝は、随分長いこと夢を見ていた。途中で夢だと気付きながら、まだ外が真っ暗なことを感じ、うだうだと布団の中で微睡み続けた。今はもう僅かな夢の断片しか覚えていない。印象的だったのは、目覚める直前に見ていた、父が顔に怪我をして帰ってきたシーンだ。夢の中では祖父母が亡くなり、所有していた土地の権利書を父が持っているという設定だった。それで、本来なら色々な手続きをしなければならないものの、権利書を狙う人たちがやってくるからということで父は、権利書を持って身を隠そうと、「従業員」だというもう一人の男性とともに家を出た。しかしほどなくして、父が顔から血を流して帰ってきたのだ。驚いたものの、すでにだいぶ前から夢だとわかっていたためか、恐れのようなものは感じなかった。舞台は私たちが幼少期を過ごした団地で、そこには兄もいたが、妹は出てこなかった。

薄ぼんやりと、空が明るくなり、中庭の様子が見えるようになってきた。今日も姿勢を正し、言葉と言葉にならないものに向き合いたい。2019.10.30 Wed 7:09 Den Haag