402. 朝の書斎、オレンジの空

この空をずっと見ているとどうなるのだろうか。ふとそんなことを考えた。今日も南の空の低い位置に透明なオレンジが染み込んでいる。変わっていく空の色をただただぼーっと眺める。ゆったりとしたペースで暮らしながらも、この家でまだそんな時間は過ごしていないように思う。

そう思っているうちに、空の高い位置にかかっている雲が晴れていっている。南西の空に赤い光と青い光を交互に出しながら瞬いている星が見えるが、微かに西の方角に進んでいっているようにも見える。ということはあれは飛行機だろうか。それにしては動きが遅いような気もする。雲の手前を光が横切っているようにも見える。だとしたらやはり飛行機なのだろう。しかし、よく考えると、その光が飛行機であるか、星であるかを見分けたところで何が起こるというのだろう。その正体を知るとほっとするのか。大切なのは、そこにつけられた社会的な名前を探すことではなく、この瞬間に瞬く光を見つめることそのものだ。その光が、思考の中に呼び起こす名前ではなく、光に共振する心の感覚を感じることだ。

昨日はなんだかとてもエネルギーを使った一日だった。関係性というのは相互作用の中でつくられるものだけれど、そこにエネルギーや創造性が生まれないのであれば、消費的・消耗的な活動をしているのと変わらないのではという考えが浮かんでくる。そういった活動からはできるだけ距離を置きたい。一方で、エネルギーがいくらでも生まれてくる活動がある。関係性がある。そこに目を向け、意識を向け、時間を向けていけば、気づけばそういうもので日々が満たされているのだろう。

水が流れるような音が聞こえてくると思ったら、窓際についているヒーターがあたたかくなってきた。オランダの建物には日本で言うオイルヒーターのようなものが暖房として窓際に取り付けられている。あたためられた液体がその中を通る構造になっていて空気が汚れるわけではないので、基本的にはずっと付けっ放しにしておいていい。しかし、何かで制御されているらしく、時折暖房が切れていることがある。基本的に部屋はあたたまっているので多少切れても問題ないのだが、書斎だけは小さなスペースの窓と天井部分が外気に直接触れているので、他の部屋よりも冷えやすくなっている。そして知る限り、ここのところいつも早朝は書斎の暖房が切れていた。

じんわりと右足があたたまりはじめた。

ここのところ、どうにか原稿を書こうとしすぎていたかもしれない。早朝は創造的な活動に向いているということで、朝6時頃から8時を執筆の時間にあてていたが、なかなか進まないということは、書こうとしている内容か、心身の状態か、もしくはそのどちらもが万全な状態ではないということだろう。これまで、何かスイッチが入ったように5000字を超える文章を書くことがあったが、私の場合はそれはいずれも昼過ぎから夕方にかけての時間だった。「書こう」とするのではなく、創造エネルギー自体を高めて、「書かずにはいられない」という状態で書くのが理想のように思う。根本的に順番が違っていたのだ。

これは私の中では大きな学びだ。そしてこれは、クライアントに対するコーチングに関しても言えるだろう。その人が本来持っているエネルギーが発揮されているような状態になれば、思考や行動は自ずと必要な方向に向かっていく。エネルギーが発揮されていない状態で無理やり考えたり行動したりすることを一時的にできたとしても長くは続かないだろう。「それを為している自分自身を整える」というのは、そこだけでは十分とは言えないときもあるが、自分自身が取り組み、呼びかけていく必要性があることだろう。

まだ顔を合わせていない上の階の住人が、動き始めたようだ。今日は一旦、書くことそのものは脇に置いて、エネルギーを高める活動に取り組みたい。2019.10.10 Thu 7:21 Den Haag

403. フラワーエッセンスと気功、エネルギーの流れを整える

見上げると、月白(げっぱく)の空に、まだらな雲が広がっていた。19時を過ぎながらもまだ空が明るいというのはありがたい。ありがたいと思うのは、欧州に来て1年目、ドイツで暮らしているときに、この時期どんどんと日没時間が早くなり、なんだかとても気が滅入ったという記憶があるからだ。あれは、10月頃のことだったと思っていたが、もっと遅い時期だったのだろうか。今より南に位置する場所に住んでいたため、現在感じる体感温度が、11月頃のものなのかもしれない。人間の記憶というのはつくづく曖昧だ。いや、総合的だと言ったほうがいいのだろうか。総合的だけれども、その中の一部だけ切り取って引っ張り出しているのだろう。

今日は午前中の仕事を終え、久しぶりに中心部まで散歩に出かけた。当分雨が降らなさそうな青空を見て「いまだ!」と思い、薄手のコートを羽織って出かけたが、中心部についてみると人々はもうすっかり、ダウンや冬物のコートを羽織っていた。私が今持っている冬物の上着と言えば、ドイツで買った、いかにもドイツの人が着ていそうなもわもわとしたファーがフードについたカジュアルな上着か、オランダの古着屋で買ったいかにもオランダの人が着ていそうな革ジャン風のジャケットか、日本で買ったいかにも日本の人が着ていそうな黒のロングコートなのだが、この時期にどれを羽織るべきかというのは迷うところだ。どれも、日本で言うところの「秋」の時期には少し重たい感じがする。しかしオランダは既に日本で言うところの「冬」に近いのだし、近所のスーパーに散歩がてら買い物に行く以外で中心部に出かけたとしても、誰が見ているわけでもないしと思うのだが、こうして上着のことについて考えているのは、明後日、日本からやってくる知人とハーグで会う約束をしているからだろう。日本から来る人と会うとき、私は無意識に日本の基準に引っ張られる。30年以上染み付いた感覚というのは、簡単には抜けないものだ。

散歩がてら立ち寄ったHolland & Barrettという健康食品などを販売するお店で、少し前に探していたフラワーエッセンスを見つけた。見つけたのはバッチフラワーレメディという名前の、イギリス人の医師であり細菌学者であったエドワード・バッチ博士が完成させたという植物のエネルギーを水に転写させたエキスだ。科学的に分析された成分としては、水と保存剤として使われているアルコール分であるにも関わらず、バッチフラワーレメディは感情や精神のバランスを取り戻す働きをするとして、世界中で用いられているという。先日、体調不良のときにお世話になったヒーラーの方から欧州では日本よりも手頃な価格で手に入るということを教えもらったので使ってみたいと思っていたのだが、近所の薬局などでは見つけることができていなかった。今日、Holland & Barrettに入ったときも、きっと他の商品に紛れて見つけづらいだろうと思っていたら、思った以上にしっかりとスペースを取って扱われていたので少し驚いた。オランダでは代替医療にも使うことのできる医療保険のプランがあるほど、様々な医療や治療を選択することができる。フラワーレメディも自然療法と呼ばれる分野のものだが、日本よりもずっと一般的というか、珍しいものではないのだろう。

そういえば、昨日は、近くに太極拳の教室があるのを見つけた。これもフラワーレメディと同じく自分自身の状態を整えるのに軽い運動のようなものでかつ、オランダの人と一緒に参加できるようなものがあればと思っていたのだが、調べてみるといくつもの太極拳の教室がハーグにはあった。感覚的にはこれも人口に対して、日本よりも随分と多いのではないかという感じだ。ヨガと同じような感覚で取り入れられているのかもしれない。(むしろ家の周辺ではヨガの教室より太極拳の教室の方が多いのではないかと思うくらいだ。)見つけた教室は家から歩いて10分もかからない場所にあり、呼吸とゆっくりとした動きを中心とした気功のクラスもあり、自分自身の身体で体験することを重視しているということだったので、言葉が通じなくても参加がしやすいのではないかと感じた。この教室には来週の前半にでもまず体験に行ってみたいと思っている。

今興味が向いているのは、エネルギーの流れを整え、エネルギーの量自体を増やすことだ。いかに思考を緩やかな状態にし、身体全体で相手の発する声と言葉と言葉にならないものに込められたものを聴き取るか。これはもう、コーチングスキルと呼ばれるもののではない領域なのだと思っている。スキルではないが、相手が自分自身の声に耳を傾けることができるかに大きく関わっていると感じるし、何度も日記にも書いてきたように、それがオランダにいるからこそできることでもあるのだと思う。今の自分を企業に所属してコーチングをしていたときの自分が見たら驚くかもしれないけれど、それよりもっとずっと前から、自分がこの場所に来ることを分かっていたような気もしている。

気づけば日が暮れた。パソコンを閉じ、思考も静かに閉じていくことにする。2019.10.10 Thu 19:58 Den Haag