393. 夢から夢へ

5時を告げるアラームの鉦の音と時を同じくして、バタバタという音が外から聞こえてきた。今日も雨で一日が始まる。

随分と夢を見て、もう十分睡眠を取ったぞと思い目を開けて時刻を確かめたときは4時を過ぎたところだった。昨晩から取った睡眠の長さが計算できず、あたたかい掛け布団の感覚が気持ちよくて、もう一度目を閉じることにした。その後もずっと夢を見ていた。一度目覚める前に見ていた夢で覚えているのは、私が3人姉妹の一番上という設定だったこと。実際の妹が、夢の中でも一番下の妹になっていて(真ん中の妹は知らない人だった)大学に進学をしてから海外に行こうかと迷っている妹に、「大学に行かずにワーキングホリデーで海外に行く方法もある」「ワーキングホリデーができる年齢には制限があるので、今からだとその方がいいのではないか」という提案をしたということを覚えている。夢の中の妹はサーフィンに興味があるらしく、オーストラリアならサーフィンもできるだろうということを彼女も考えていたということだった。

二度寝した後に見た夢の中では学校のような場所にいた。小さめの体育館のようなところで、タップダンスのレッスンが始まった。黒いシューズの人が多い中で、自分が白いシューズを履いていることが目に留まった。最初は大勢で一緒に練習していたのが、それぞれで練習しようという話になり、気づいたら場面が変わっており、パソコンの画面のようなものに出てくるアニメを見て、それに関する問題を解くという設定になっていた。問題を解こうとするも、既に隣に座っている女性がアニメを見はじめていため、私はそれ以前のシーンに関連する問題を解くことができない。困って隣の女性に声を掛けると、彼女は私の代わりに、これまでのシーンに関する問題を解いてくれた。そんな中、左の鼻が詰まってきて、鼻をかむ必要が出たため、席を立った。同じ建物内にある自宅に帰り、窓の外を見ると、日差しの強いベランダにはオーニングが広げられ、さらに、ベランダの手すりからは、向かいの家のベランダまで物干し竿のようなパイプが伸び、そこに、様々な色のバスタオルが広げられていた。どうやってあのパイプを向かいの家に渡したのだろうということを家にいる母に聞いてみようと思っているうちに目が覚めた。今思えば、最後に見たオーニングは、今の我が家についているものであり、中庭をはさんで向かいに家がある構造も今の家のものだった。

雨はまだ続いているが、今日も南西の空低い位置にある雲が、うっすらとオレンジがかかった光を含んでいる。向かいの家々の中で一つだけ、昨日の朝と同じ場所に明かりがついている。今日も、思考、対話、緩める時間と、緩急をつけて一日を過ごしたい。2019.10.4 Fri 5:44 Den Haag

394. 「向こう側」から聴こえてくるクリスタルボウルの音

夕食を終え、少し休憩をしてパソコンを書斎に持ってくると、隣の家の屋根の上に黒猫が丸まっている姿が目に入った。短い靴下を履いたような白い足先をちょこんと揃えている。この時間、外はだいぶ冷えて来ているだろう。明日か明後日にボルダリングに行きたいと思っているが、この寒さの中に身を置くと思うと気持ちが萎みそうになる。

と、猫がいつの間にか体勢を変えている。だるまさんがころん…だ!の瞬間のような、左の前足だけを前に出して、重心をまだ前に移し切っていない状態だ。視線の先には一羽の鳩がいる。猫の、体は動かないながらも発せられるその強い殺気のようなものを感じたからか、鳩が飛び去った。

夕食にはいつも行くオーガニックスーパーの近くにある、オランダでは一般的なスーパーに立ち寄ったときに購入したオーガニックの豆腐を食べたが、豆腐のパッケージを開けるときに違和感を感じた。豆腐のビニールのパッケージが、さらに紙のパッケージに入っていたのだ。そこにはオーガニックであることや、「オーガニック的な」雰囲気を示すイラストのようなものが書かれている。しかしそのしっかりした紙の素材で作られたパッケージ自体が、全くもってオーガニックでないように感じた。オーガニックであることを示すために、その見た目を飾り立てる必要があるだろうか。オーガニックスーパーで購入している豆腐に比べると価格は半額近いが、食べるたびにこのパッケージを捨てなければいけないのは、心が望むことではない。いつもオーガニックスーパーで買い物をしているときにはそこまで意識していなかったが、オーガニックスーパーで買い物をすると、野菜はそのときの自分に必要な分だけを量って購入することができるし、パッケージから出るゴミも少ない。これからも食べ物を貨幣と交換して手に入れる立場ではあるだろうけれど、極力「消費」は少なくしていたいと思う。

今日は、セッションの最中に不思議なことが起きた。このところ天気が悪い日が続いていて、なんとなく空気が沈んでいたので、部屋の中を空気を浄化し自分自身の脳波も整えようと、机から少し離れた位置に置いたスピーカーで、クリスタルボウルの演奏をかけていた。それは、意識すれば聞こえるほどの微かな音だ。セッションの後半、自分自身の状態も相手の状態も落ち着いていることを感じ、それに対してクリスタルボウルの音が気持ち過剰であるように感じたので、音を切った。しかし、その後も音は聞こえ続けていた。感覚としては、自分のいる空間ではなく、クライアントが話す向こうの空間から聞こえてきているような感じだった。もしかしたら、クリスタルボウルの音のつくり出すゆらぎのようなものが、あちら側まで伝播していたのかもしれない。今、自分自身は、天から降ってくるもの、地から湧き上がってくるものを媒介する存在のように感じている。だとすると、身体と同じように、空間を整えることはとても大切な要素になるだろう。

今は、リビングが車とトラムの通る道に面しているが、もしもっと静かな場所に暮らしたら、感覚はもっと澄んだものになるだろう。そのときは、身体の状態というのがさらに大切になってくる気がしている。

今日は、深夜のセッションがある。深夜のセッションというのは、いい具合に思考のスイッチが切られ、ただただ、音を聴いているような感覚になる。音だが、そこに全てが含まれているだろうから、そこから聴こえてきたことを伝え返すこと、自分の中に生まれたこと伝えることは、無意識に含まれていた意味世界に相手が気づくきっかけになるのではと思っている。人は、思考の領域というのは既に、疲れるほどに使っている。これまで日本時間の夜遅い時間にあたるセッションは、思考が活性化し、その後眠りにつきづらくなることを考慮してあまり提供してこなかったものの、私自身の脳波の状態を落ち着いたものにするプロセスもわかってきたので、これからはむしろ思考をゆるめ、無意識の世界を漂い味わうことを重視したセッションを提供することを重視していきたい。今、オランダという場所にいるからこそできることを届けることが、住まわせてもらっているオランダという土地と、これまでお世話になってきた人、今、そしてこれから関わっている人に対する恩返しなのだと思う。
2019.10.4 Fri 19:13 Den Haag