391. 自転車を探す夢

今日も、南西の空、低い位置がオレンジがかった透明にふわりと染まっている。あの色は何と呼べばいいのだろうか。一斤染(いっこんぞめ)、そんな色の名前はいつ誰がつけたのだろうか。中庭を挟んで並んでいる向かいの家々は、1箇所だけ明かりが灯っている。

目覚ましに使っている鐘の音が鳴る前、随分長いこと夢を見ていた。覚えているのはその最後の部分だ。予備校のような建物の中の一角が、落ち着いた別荘のようなスペースになっていて、私はその中に中高の同級生の男性と、その子どものような小学生くらいの子と一緒にいた。出かけようと言っていたのか、話をしようと言っていたのか、とにかく何か約束をしていたのにその男性が別の友人との話を一向にやめる気配がなかったため、私は彼らに声もかけず、一旦2階にあるトイレに寄り、地下にある自転車置き場に向かった。自転車置き場には所狭しと自転車が置いてある。その中の一つのラックに縦に並んでいる2台がどちらとも自分の自転車だということを確認し、出しやすい位置にある一台をラックから引き出した。サドルにまたがり、自転車よりも大きな足場の骨組みのようなものを脇に抱えて運ぼうとするも上手くいかない。荷物を運ぶのを諦め、もう一台のロードバイクのような自転車に乗って行こうと思い再び駐輪場に足を運ぶも、先ほど見た場所に自転車が見当たらない。「ここは盗難が多いのだった」ということを思い出しながら、駐輪場内を見て回るも、やはり見当たらない。仕方なく外に出てどうしようかと考えていると、その日、別の中高の同級生の男性と会う約束をしていたことをすっかり忘れていたということを思い出した。私から連絡をすると伝えていたが、そのこと自体忘れてしまっていた。申し訳なく思いながら駐輪場のある建物を出ると、さらに中高の同級生の女の子(その子は中学生のままだった)が、斜めがけしたカバンを抱え、予備校のような校舎から出て歩いていくところだった。その子か、別の人かは分からないが、誰かが「校舎の入り口のホールのところで放置自転車の保管をやっている」ということを教えてくれたので、私は外から見るとガラス張りで、吹き抜けになっている校舎の入り口に向かった。

今日は、執筆と、言葉をつくることに向き合う。置いていく言葉の長さは違うが、どちらも、誰かが見る世界を擬似的に体験しながら書いていくことは同じだ。人の心の景色を想像し、それを少しだけ、素敵なものにする花を書き添える。言葉をつくる仕事を通じてやっているのはそんなことなのだと思う。一文字も、一万文字も、その向こう側には宇宙が広がっている。少しずつ、表の通りを通る車の音が聞こえてきた。夜明けはもう少し先だが、一日は始まっている。2019.10.3 Thu 5:50 Den Haag

392. 一日を、緩やかに終える

今日も一日が終わろうとしている。ねずみ色の雲が広がった空は、そこにあるようなないような。中庭をはさんで向かいの家にはいくつか明かりが灯っている場所がある。こんな静かな夜にも、それぞれの暮らしがあるということを思う。

今朝はやっと、筆が進み始めてきた感じがした。第1章の最初から書こうとするとどうもうまくいかないので、大方の流れを書き、それに肉付けをしていくようにした。血の通った言葉になるかは、自分自身の本当の体験や思いとどれだけ繋がることができるかにかかっているのだろう。体験の中でもアクセスしやすい領域と、そうでない領域がある気がするので、書けるところから書いていき、書けるところを先頭に、それにトーンを合わせていけばいいかなという気がしている。第1章は導入だ。はやく、第2章、3章と書き進めたい。

その後、新しい取り組みの打ち合わせを行なった。私にしては早い時間に行う打ち合わせは、今後日課になっていくだろう。だんだんと物事が進んでいく。今はまだ形を見せてはいないけれど、形になっていくのだということを感じている。

日々、取り組むことも増える中で、一週間、そして一日の中で緩やかな緩急をつけていきたい。これは以前にも感じていたことだ。

外が暗くなるのが早くなったせいか、パソコンの明かりが眩しい。パソコンを切ることを促すように、20時にセットしているスマートフォンのアラームが鳴った。18時以降は、放っておくとダラダラと日中行なっていた作業を続けてしまうので、思考や目を休めるため、そして行動の切り替えを後押しするために18時、19時、20時とアラームを鳴らし、最後のアラームを機にパソコンを使うのをやめるようにしている。

今言葉にしたことは多くはないが、それは今日、たくさんのことをすでに言葉にしたからかもしれない。このあとは、できるだけ、電子機器を遠ざけ、ぽかーんと、夜の闇を味わい眠りに落ちたい。2019.10.3 Thu 20:04