369. 美しい庭でのコンニチハ

開いていたパソコンのウィンドウをひとつひとつ閉じた。放っておくとパソコンの画面はすぐに、開きっぱなしのものでいっぱいになる。私たちの頭の中もそうだろう。今この瞬間にどれだけのウィンドウが開いているだろうか。その中のただ一つと向き合えているだろうか。夜寝るときに、全てのウィンドウを閉じているだろうか。

昨晩は深夜のセッションのあと、いくつかの作業をし、ベッドに入ろうと掛け布団を整えようとしたところ、近くのテーブルの上に置いていたカップに布団をぶつけ、中身をこぼしてしまった。中身はカカオパウダーとヘンプパウダーとヘンプオイルと蜂蜜をお湯に溶かしたものだ。ベッドの端、ソファの端、そして床に、茶色い液体が飛び散った。以前も、ベッド脇のテーブルに置いたコップに、書斎に運ぼうとしたバランスボールをぶつけてたおしてしまったことがあった。幸にもそのときは中に入っているのは水で、有田焼の強さというのにも救われた。身体と意識の感覚が粗雑になっているときというのは身体もしくは身体の延長にあるものを何かにぶつけることが多い。薄暗い寝室に飛び散った液体を眺めながら、身体の中が、何か風通しの悪いもので埋まっていることを感じた。

今朝は8時頃に一度目が覚め、身体の不調が変わっていないことを確認し、目を閉じた。次に目を開けたときにはスマートフォンの画面に表示されていた時計は12時を回っていた。それだけの睡眠をとってもなお、喉の痛みや鼻づまりは変わらない。明日から通常通り予定が入っているため、早く症状を治したいと、薬局に薬を買いにいくことにした。ネットで、ハーブで作られている、お湯に入れて飲むシロップを見つけたのでそれを試してみることにした。

部屋を出て内階段を降りていると、1階から話し声が聞こえてきた。声を背に、玄関から出ようとすると1階の部屋の扉の一つが開いていたのか、ヤンさんが声をかけてきた。今急いでいるかと言うので、急いでいないと答えると、娘と息子と小さな娘が遊びに来ているので紹介をしたいと廊下の突き当たり、庭の方へと招き入れられた。

はじめて訪れたヤンさんの家は、我が家とは全く違った間取りだ。庭とつながるスペースの一部にキッチンがあり、その隣、庭の一角と言ってもいいサンルームのようなスペースに、木でできたベンチが置かれ、そこに男性と女性、そして小さな女の子が腰かけていた。順番に握手をしながら挨拶をする。最後に女の子の前に行くと、「コンニチハ」と彼女が微笑んだ。ビックリして、「こんにちは」と返す。続けて、彼女は簡単な日本語をいくつか口にした。「今、日本語で文章をつくるようになったところなの。今4歳よ」と隣に座る女性が教えてくれる。スプーンの持ち方もままならない子どもが英語に加えて日本語を話そうとしていることに驚き、「なぜ彼女は日本語を学んでいるのか」と聞いてみると、今年の5月に日本に行ったときに街中で話される言葉を聞き、彼女が「なんて言っているの」と興味を持ち真似をし始めたとのことだった。彼らは東京と大阪、熊本にそれぞれ1週間ずつ、計3週間日本に滞在したと言う。そして女性は自分も小さい頃にアジアの様々な国に住み、その中で日本を訪れ、日本が好きになり、20代に横浜に滞在していたこともあったという話をしてくれた。男性の方も、若い頃から何度も日本を訪れたことがあると言う。ヤンさんは、今私が住んでいる部屋をこれまでも日本人に貸していたと聞いているが、日本人が静かに生活をし、物を大切に扱うから住んで欲しいというだけでなく、何か、日本に対する興味や親近感のようなものがあったのかもしれない。

ひとしきり話をし、部屋を出るときに、ヤンさんに、今年いっぱいはまだここに住むことになりそうだと伝えた。ヤンさんは来週から3ヶ月のバカンスに出ると言う。来週からということは知らなかったが、バカンスに出るということは以前聞いており、その間私が引っ越しをするとなると早めに知らせて欲しいとのことだった。バカンスの途中に戻って来る必要がないと知ってヤンさんはほっとしたようだ。家族を紹介してくれたことにお礼を言い、美しい庭を近くで見てみたかったので、庭を見ることができたことも嬉しかったと伝えると、自分がいるときはいつでも見に来ていいんだよと言ってくれた。小さな黄色い睡蓮の咲く庭を見ながら、家族とサンルームで食事をする。当たり前にそこにある暮らしが、本当に美しく感じた。

来年、新しい家に住み、暮らしは大きく変わるだろう。仕事を通じてさらに想いを形にして、世の中に届けていけるかもしれない。それでもできるだけ毎日の暮らしは静かに穏やかに送っていきたい。

買ってきたシロップを早速お湯に溶かして飲み、食事をし、いくつかの作業をし、ソファーでうたた寝をしたが、症状はさっぱり良くならない。パソコン作業や読書は思いの外目を使い、それが全身の疲れにもつながっているような気がする。五感のうち半分が奪われているような感覚だ。鼻が詰まっているので息苦しさもある。であれば早くベッドに入ってしまえばいいのに「目も頭も使わないでできることはあるだろうか」と考えている自分がいる。こんなときに、脳波が穏やかになる音楽や人の声があるといい。YouTubeは、今は「見る」ことを前提に、画像を入れているが、「聴く」ことを前提とした、夜でも脳が覚醒しないようなコンテンツを作ってみるのもいいかもしれない。いつかクリスタルボウルの演奏などの音声も作ってみたい。そのためにも、身体をしっかりと休めて、活動のためのエネルギーを取り戻していきたい。2019.9.22 Sun 19:47 Den Haag