*声と言葉についてのYouTubeチャンネル「五音十音(ごおんとおん) -心につながる声の咲くとき-」をはじめました。【より良い影響力を発揮したい方ための統合的ボイスワーク】についてご紹介しています。

362. 動くこと、言葉にすること -ボルダリングからの気づき-

小麦若葉とカカオパウダー、ヘンププロテインパウダーを溶かしたドリンクをひとくちひとくち飲む。喉のところで溶け残った粉がひっかかる感覚が少しあり、身体の中へと、柔らかな感覚のものが落ちながら消えていく。左腕の肩のあたりで筋肉痛と呼ばれるものを感じる。上腕二頭筋と、三角筋あたりだろうか。右腕は、筋肉痛の度合いとしても範囲としても少なく、どちらかというと、腕の後ろ側、上腕三頭筋のあたりに何らかの現象が起きていることを感じる。そして、左の脇腹あたりから腰にかけても張りのようなものがある。右の脇腹も、触れると、いつもと違う感覚がある。あえて表現するのなら痛みなのだが、不快な感じではない。この感覚を表現する言葉を私はまだ知らない。

昨日は朝からオランダ北部のフローニンゲンという街に出かけ、フローニンゲンに住む友人とボルダリングジムを訪れた。ボルダリングは東京にいたときに3回ほどジムに行ったことがあったが、「ちょっと身体を動かして遊びたい」というような動機からだったと思う。レクリエーションのような楽しみとして行なったが、人と競うのではなく自分のペースで楽しめること、全身を使い、かつ頭も使うことから楽しく取り組めたという感覚が大きかったということもあり、機会があればまたぜひやってみたいと思っていた。とは言え、前回ボルダリングをしてから5年以上が経っていて、かつ、最近、運動らしい運動は全く行なっていなかったので、身体が動くかなあと思っていたが、やりはじめると、身体が自然と動くことに驚いた。

そういえば、始めてボルダリングジムに行ったとき、ジムのスタッフに、基本的な動きを教えてもらった。腕で身体を引き上げようとするのではなく、足で身体を持ち上げること、左右の手足のうち3点を使ってバランスを取れるような手足の置き方、動かし方をすること。覚えているのはそれくらいだが、足をしかるべき位置に置くと、手は自然と次のホールドに伸びていくような感覚がする。それは、特に初心者向きのコースはホールドの一つ一つが、握り方、足の置き方をアフォードするような配置になっているというのもあるだろう。ホールドの発する声に耳を澄ませて次の道を教えてもらうという感じだ。そうするとすいすいと進むこともできるのだが、一方で、そうすると自分がどんな方法で進んで行ったかを後で振り返ることが難しいということに気づく。それが、一回一回の振り返りを言葉にしていくことで、だんだん感覚に任せた動きも無意識のうちに記録され、後で意識化することができるようになるような不思議な感覚に出会った。もちろんそれは、それができるようになったのではなく、できるような気配を感じたくらいなのだが、黙々と壁に向かって挑戦を繰り返すのと、一回一回言葉にするというのでは試行錯誤と意識の発揮され方が全く違うものになるということは実感した。これは一緒に取り組んだ友人が、「どうだったか」ということを言葉にすることを後押ししてくれたからできたことだ。ボルダリングは、一つ一つの課題に対して想定されたルートというのがあるが、体系や柔軟性、筋肉の質、精神的なブロックなどは人それぞれのため、それぞれが個々の特性を生かしたルートを見つけるというのが大切になってくるはずだ。そのため、「正解を知る」ということよりも、「自分自身の特性を知り、それを生かすにはどうしたらいいかを考えていく方法を知る」ということの方が大切になってくる。

そんなことに気づかせてくれる仲間と一緒に久しぶりのボルダリングを楽しむことができたのは本当に幸せなことだと昨日を振り返って改めて感じている。「一人でも楽しめそうだし、人と一緒だとまた違う楽しみができる」ということを知り、今後、ボルダリングを続けていこうと思ったことが、今回のボルダリングの体験での何よりの収穫だろう。ハーグにもいくつかボルダリングジムがあるようなので、来週以降、定期的に通えたらと思い始めている。壁に向き合うことから学ぶことがたくさんあるだろう。それもまた、一つ一つを言葉にしていきたい。2019.9.16 Mon 12:12 Leiden