*声と言葉についてのYouTubeチャンネル「五音十音(ごおんとおん) -心につながる声の咲くとき-」をはじめました。【より良い影響力を発揮したい方ための統合的ボイスワーク】についてご紹介しています。

357. 「どうぞ」と「ありがとう」の溢れる街で

ホテルから出ると、駅前の広場の長いベンチには、テイクアウトのボックスを片手にランチを食べている人たちが横並びに座っていた。オランダの人は、天気が良い日には季節に関係なく隙あらば(?)外でごはんを食べるのかと思ったが、座っている人たちが比較的若い人たちであることと、昨日、ホテルの入り口にライデン大学に関連する案内が出ていたことから、今日ここで学生が集まるようなイベントが開催されているのかもしれないと想像した。広場の横のカフェの前の席にも多くの人が座り、飲み物やサンドイッチを手にしている。カフェに入ると、カウンターの向こうで数人のスタッフが忙しく動く様子が目に入る。確かここのカフェにはスープがあったはずだ。

カウンターの上に下げてあるメニューを見上げるとスープのところに、トマトのスープと、もう一つ別のスープの名前が書かれている。スタッフが来るのを待つ間にも何人かの人が入ってきて、メニューを見上げたり、サンドイッチの入ったガラスケースを眺めたりを始めた。スタッフの一人がやってきて、言葉を発する。「次の方どうぞ」と言っているのだろう。周りを見回すと、男性の一人が、どうぞ、という視線を送ってきた。オランダでもドイツでも、カフェやパン屋で、キレイな列ができていなくても人々は順番を我先にと急ぐことはない。自分より前に来ていた人がいたら、その人が先だと自ら申告するくらいだ。

2年前、ドイツに来て住民登録をしに行ったとき、役所の待合スペースに何人かの人がいるもののみんなバラバラに椅子に座っているので、どういう順番になっているのかどういう仕組みになっているのか分からず戸惑った。しばらく見ていると「次の方」と呼ばれると、誰かが立って、手続きの部屋にいく様子から、それぞれが自分の順番を覚えているということが分かった。順番というか、「自分の前に誰がいたか」を覚えているのだろう。もしくは、自分の後から来た人は誰なのかが分かっていて、とにかく、自分より前にいた人がいなくなったら自分の番だということになっているようだった。番号札のようなものがなくても順番を守るというのは、ドイツの人たちの行動の根底にあるキリスト教の精神に基づくものなのかと思っていたが、オランダに来て宗教色の弱いオランダでも人々は順番を守ることがわかった。それは、人として、社会の一員として当たり前ということなのだろうか。

扉の前や、道ばたでも、人が先を譲ってくれることが多い。車道を横断するときも、車の運転手がどうぞと手を差し出してくれることは珍しくない。それは決して、私が女性だからという感じでもない。男性同士でも、「どうぞ」とやっている様子をよく見かける。それは、オランダで目にする、好きな光景の一つだ。「どうぞ」と「ありがとう」が街に溢れている。残念ながら、日本ではなかなか「どうぞ」にも、「ありがとう」にも出会うことがない。依頼を受けてそれに応えたときも「すみません」と言われると、なんだか少し寂しい気持ちになる。でもそれはきっと「ありがとう」のつもりなのだろう。

オニオンとマッシュルームのスープとフレッシュミントティーを注文し、受け取り、店の中が見渡せる席についた。店の中には音楽がかかっているが、女性の澄んだ声の歌がゆらゆらと気持ちがいい。ジューサーの回る音、コーヒーの香り、この空気が、今日の言葉の中に染み込んでいく。2019.9.13 Fri 13:22 Leiden

358. 寒い部屋

滞在しているライデンの駅前のホテルは、さっぱりと気持ちがいいつくりだが、部屋にいるとなんだか身体が冷えてくる。これまで何度か滞在したことがあったが、今回もやはりそうだ。部屋の空調を調節することができないことと、シャワーから出るお湯が、不定期にとても熱くなったり冷たくなったりすることから身体があたたまりづらいということはこれまで気づいていたが、さらに今回感じたのは、その真っ暗な壁紙にエネルギーを吸い取られる感じがするということだ。ずっとそこにいると身体が冷えてくるのではなく、部屋に入った瞬間に体温が下がった感じがした。ホテルには、サウナと温水プールのあるスパが併設されており、ドイツほど温泉やサウナが多くはないオランダではのんびりサウナに入れるところは気に入っているが、部屋にいて身体が冷えるというのはなかなか悩ましい。サウナを使わせるための戦略だろうかとさえ思うくらいだ。昨晩、部屋の窓から見える空がオレンジ色に染まっていくのが見えたので、部屋はどうやら西向きのようだ。朝には空は何となく白みがかっていたが、太陽が昇ってくるところは見えなかった。暮らすように過ごせる滞在先というのは、都心では特になかなか難しい。これは、せっかくだから外に出よということなのだろう。場所というのも、活動と同じで、そこにいるだけでエネルギーが湧いてくるところというのがある。ライデンの滞在中にそんな場所を見つけられるといいだろう。

今日はこのあと、日記とYouTubeの編集をして、今頭に浮かんでいることをまた書いて、それからライデンの街中を散歩し、次に腰を据える場所を探すことにする。2019.9.13 Fri 13:40 Leiden

359. テスラのタクシーの走る国

今、日本から来た人がオランダのスキポール空港に到着し、タクシー乗り場に並んだら、きっと驚くだろう。次々と乗り場にやってくるタクシーの半分がテスラなのだ。もし、そのTの字を模したロゴが自動運転機能で話題になっている高級電気自動車のものであることを知らなくとも、そのCEOであるイーロン・マスクが「人類を火星に移住させる」という壮大な構想を持っていることを知らなくとも、それが日本のとある市で公用車として採用されたことに非難が集まった車だということを知らなくとも、その車の醸し出す独特の静けさと洗練された空気感から、それが何か特別な車だということを感じるに違いない。

しかも、2台に1台やってくるテスラのうち、その半分は、「ガルウィング」と呼ばれる、扉が翼のように上下に開くタイプの車種だ。ガルウィングと言えば、高級スポーツカーの代名詞のようなイメージだが、日本ではなかなか実際に目にする機会はない。それが、タクシー乗り場に来る車の4台に1台は翼のように大きく扉が上下に開き、大柄のオランダ人が楽々と乗り込んでいくのだ。ここは一体どんな国だと、未来に来たような気分になる。

アムステルダムには現在、2000台以上のテスラのタクシーが走っているという。テスラは、日本円で1千万円以上する。なぜ、タクシーにテスラを使っているのか聞くと、生まれも育ちもアムステルダムだが、両親はモロッコ出身だという運転手は、得意げに教えてくれた。「オランダでは、街中で無料で電気自動車の充電をすることができるんだ。家で充電をするとお金がかかるけれど、それでもガソリンに比べると安い。タクシーに使うにはテスラはちょうどいい。環境にもいいしね」

アムステルダム市は、宅配業者やタクシー会社などが商用車として電気自動車を購入する時に補助金を出し、2015年までにタクシーだけでも450台の電気自動車を走らせる意向があったということだが、現在既にテスラだけでも2000台を超える電気自動車のタクシーが走っているということで、取り組みは順調に進んでいるのだろう。街中の公共充電ポイントでは、風力や太陽熱で作られた電気が使われている。

オランダがこういった取り組みができるのは、自国に、個人向けの自動車メーカーがないということも大きいかもしれない。環境という大きなテーマに向けた取り組みを、フラットな立場で推進することができるのだろう。いや、もしかしたら、今のオランダであれば、たとえ自国に複数の自動車メーカーが存在したとしてもやはり同じような政策を進めたかもしれない。自然環境や人が生きる環境、そして人の心身の健康に対する意識の高さというのは、オランダの法律や住環境のつくりからも伝わってくる。

経済合理性、環境負荷、乗り降りのしやすさなどからテスラを選んでいるという人が日本にはどれだけいるだろうか。そういう理由で、テスラを選ぶ人がいるということを、どれだけの日本の人が知っているだろうか。

物を買うというのは、投票でもあり、未来への投資でもある。安価な物が、何を使って、誰の手で、どうやって作られているか、使った後にどうなるかを考えると、必ずしもそれが人間にとって、未来の世界にとって良いとは限らない。もちろんそれは高価なものにも言える。

それにしても、外から見ていると、日本という国はどうも、持続可能ではない方法で物やサービスをつくりだしているように見える。何より人の力という資源を、あまりに過剰に軽んじて使っているように感じる。そして、自分たちが日々、安く簡単に手に入るものが、どうやってつくられ、環境にどのような影響を与えているかにもあまりに無頓着ではないか。無料でもらえるビニール袋は、もはや世界のスタンダードではない。環境に与えた負荷を取り戻すためにかかる時間と費用を考えると、安価なものが必ずしも良いとはやはり言いきれない。時間と費用をかけてどうにかなるものはまだしも、もう、取り戻せないところまで来ているものもある。

オランダのスキポール空港からテスラに乗る機会があるならば、それが高級車であるということではなく、その裏にある、なぜテスラがオランダで選ばれているかということにも想像を巡らせてみてほしい。これまで見てきたものとはまた違った世界や、価値観、そして未来が見えてくるだろう。2019.09.13 Fri 21:32 Leiden