335. 夕焼けの見える街で考える時計を作る人々のこと

スーパーでお水を買って帰ってくると、ガラス貼りのエレベーターから見える山々はシルエットとなり、山ぎわが赤く染まっていた。この1年間、オランダでは見ることのなかった景色。これを味わわずしてスイスを味わったと言えただろうか。出かけるときは夕方に一度訪れたスーパーにもう一度足を運ぶのを面倒にも感じたが、ずっと部屋の中にいたら気づかなかった景色に出会うことができた。

線路の向こう側には猫と蛇のネオンが灯る、不思議な建物がある。セルンに向かうときに線路の向こう側に向かうトラムに乗って気づいたが、線路のこちら側とあちら側は大きく違う世界だ。こちら側は、駅から湖のほとりまでホテルが立ち並ぶ。あちら側は住宅地のようだ。おそらく物価もかなり違うだろう。セルンまで向かう間「何がスイスらしさなのか」と考えていた。スイスと一言に行っても様々な歴史的背景を持った街がある。特にジュネーブはスイスの中でも南部に位置し、フランスの中に入り込んだような形になっている。話されている言葉はフランス語だ。道路を走る車の中にはフランスナンバーのものも混ざっている。街を抜けると、もう、どこに国なのかを何で判別したらいいのか全く分からない。

昨日、街中を散歩しているときに、人間を「時間」という概念と労働に縛りつけることを後押しした「時計」を作ることを主な産業の1つとしながら、永世中立という立場を取り、軍事・外交的な安定感とその守秘義務の高さから多くの資産が集まる場所になっているという、スイスの巧妙さのようなものを感じた。そういう立場を取ることが、国や民族を守るということだったのかもしれない。どんなに技術革新やパラダイムシフトが起こっても、1日が24時間で、時計の文字盤に刻まれる数字が1から12であることは変わらないだろう。オランダの人が時計や時間を全く違う概念のものに作り変える可能性は想像しうるが、スイスの時計職人が、時計や時間の考え方自体を変えることはないはずだ。それが、スイスで感じる安定感のようなものの土台であり、スイスの限界なのかもしれない。スイス、と一口に言っても、私が見ているのはその一地域の中の一部に過ぎない。

水だと思って買ったものがスパークリングウォーターだったことが、ボトルの蓋をひねってはじめて分かった。まだまだ私が見ているスイスは「ペットボトルの外側から見ている透明な液体」に過ぎないだろう。明日からは、ドイツに近いチューリッヒで過ごす。いくつかの表情を知って見えてくるものが、きっとあるだろう。2019.9.3 Tue 21:21 Geneva

336. 遅延した電車のもたらした出会い

川の向こうに立ちはだかる山々の上方、3分の1くらいには雪が積もっている。大きなパラソルが遮らなければ目を細めたくなるくらい日差しは眩しい。こんなに暑いのに、見える山には雪が積もっているのが不思議に思える。水着を着た女の子たちが川沿いを歩いてきたかと思ったら、次々と川に入っていった。賑やかな声が水の流れに乗って遠ざかっていく。

今朝は6時半に起き、8時前にホテルを出た。GenevaからLausanne、Montreux、Vispを経由して、Thunという街に向かう。最終目的地はチューリッヒだが、ジュネーブからチューリッヒまでの経路を検討した結果、せっかくなのでと、スイスの山の間を通るルートを選んだ。乗る電車が来る予定のホームには1つ前、とうに出発予定時刻を過ぎた電車が停まっている。電光掲示板に案内が出ているものの、電車の中に人がいるので乗り込んでみたが、数分も経たないうちにこの電車はキャンセルになったというアナウンスが流れ、再びホームに戻ることになった。次の電車が予定通りに来るのか、どのホームに来るのか分からない。そんな不安が顔に出ていたのか、若い男性が日本語で「状況が分かりますか?」と話しかけてきた。続けて、人身事故が起きたため、電車がキャンセルになったという今の状況を教えてくれる。話すスピードはゆっくりだが、日本語はとても丁寧だ。聞くと、日本の大学に交換留学で行っていたことがあり、この9月からローザンヌの大学で観光について学び始めたところだと言う。ジュネーブで生まれ育ったという彼は、私の知る、ドイツの人ともオランダの人ともフランスの人とも違う。そうか、これがスイスの人なのか、と、やっとスイスが近づいて気がする。自分が言葉を勉強し、訪れたことがある国の人を地元で見かけたときに話しかけたくなる気持ちというのはすごくよく分かる。相手が困っていそうであればなおさらだ。スイスの電車が遅れるのは珍しいこと、スイスの人も日本の人と同じように時間に性格で手先が器用なこと、スイスの物価は高いけれど、暮らしているとそれが当たり前なので気にならず、他国のどこに行っても(東京でさえも)物価が安く感じるということを話してくれた。2019.9.4 Wed 13:49 Thun

337. 街と名前を辿って

電車への移動を終え、ホテルに着いた。ここはチューリッヒ。スイス北部の、ドイツにほど近い街であり、銀行・金融の世界的な中心地だ。という、Wikipediaで見た情報しか、まだこの街のことは分からない。チューリッヒの中央駅から15分ほど歩いただろうか。行けども行けどもくねくねと道が伸びる。ドイツでは街の中心部に広場があることが多い。街の中心というか重心に当たる場所が何もない広場であり、それは、季節ごとのお祭りなど、色々なものを受け止めることのできる余白でもある。ドイツに近いチューリッヒにもそんな場所があることを想像して街を歩いていたが、ホテルに着くまでに広場のような場所があるかどうかも、そして街の全容も分からなかった。ジュネーブで話されていたのはフランス語だったが、ここではドイツ語が話されているはずだ。スイスの山間部を抜ける電車の中で、気づけばアナウンスはドイツ語が中心になっていた気がするが、やはりまだ言語についての実感や実体験はない。

朝8時40分を過ぎた頃、予定よりも30分後ろ倒しになったが、ローザンヌで観光について学んでいるという日本語が話せる男性の案内のおかげで、ジュネーブ駅から無事電車に乗ることができた。LausanneとMontreuxというレマン湖畔にある街を通り、山々に囲まれた街を通り抜け、Vispという街で乗り換えをし、Thunという駅についた。Thunはその周辺の中では比較的大きな街という情報だったが、行ってみるとアルプスから流れる川の水音が気持ちのいい、可愛らしい街だった。打ち合わせができる静かな場所を探して中心部を歩き回る。いくつか候補を見つけたが、最終的に落ち着いたのは、遠くに白い雪を抱える山の見える、川辺のカフェだった。

Thunからはまた電車に乗り、Bernを通り(折り返しをし)、チューリッヒに着いた。地図をみると、Bernの南側にはKünizという街がある。ウムラウトを含む文字が使われっていることから、ドイツ語に由来する名前であることが予想される。さらに南東に見ていくとSchmittenという名前の街がある。これもいかにもドイツ語っぽい。そのさらに南東にあるFribourgという街は、フリブールという読み仮名が振られている。この名前はおそらくフランス語に由来するだろう。ドイツ語では、「丘」を表すburg(ブルグ)がよく地名に使われているが、フランス語圏になるとそれがbourg(ブール)になる。こうして見ていくと、フランス語・ドイツ語・イタリア語・ロマンシュ語の4つの言葉を今日用語とするスイスの、それぞれの街の歴史歴な変遷のようなものが見えてくるようで面白い。今朝、スイスのことを教えてくれたスイス人の話だと、スイスの中で違う地方に住み違う言葉を話す人同士が会話をするときは結局英語で話すことになるということだった。「スイス」という一言の中に、国としての奥深さが凝縮されている。

明日は朝の打ち合わせ以降、特段予定はない。今日の打ち合わせを通じて早速進めたいことが出てきているが、それも、チューリッヒの空気を大いに感じながら取り組むのがいいだろう。今いる場所からはお堀のような、運河のような場所、そしてチューリッヒ湖にも歩いて出ることができるようなので、散歩をし、内側から浮かんでくる言葉をすくい上げていきたい。2019.9.4 Tue 21:28 Züric