318. 朝に溶けたオリオン座

吸い込まれるように目が覚めた。枕元から少し離れたところに置いたスマートフォンで時間を確認するとちょうど5:00という表示が出ている。身体はもう起きることができると言っている。昨晩はいつもよりもすごく早く寝たというわけではないが、ぐっすりと眠れたのかもしれない。寝るときにクリスタルボウルの演奏をかけていたのがよかったのだろうか。

古いオランダの家である我が家は水の音も響くので、この時間はシャワーを浴びるのには早いだろう。ベッドから出てすぐに日記を書き始めようかと思ったが、シャワーを浴びないこと以外はいつも通りでいいだろうと思い直し、オイルプリングをしながら太陽礼拝のポーズを繰り返し、その間に湯を沸かし、瞑想をしている間に、湧いた湯を冷まし、白湯を飲み、二杯目の白湯にはクコの実を入れて飲んだ。リビングの大きな窓から外の景色があまり見えないせいか、いつもよりさらに心は静かだ。

パソコンを持って書斎に入り、窓からまだ暗い外に目をこらすと、南東の空、低い位置にいくつかの星が見えた。思ったよりオランダの空にも星が見えるんだなと、光を辿っていると、それがオリオン座であることが分かる。日本では冬の星座に数えられるオリオン座だが、夏にも夜明け前の空に見えるという。オランダでも同じということだろう。しかし今すでに、星は姿を消した。東の空におぼろげに宍色(ししいろ)が染み込んできている。一日のはじまりが、一日の終わりを追いかけている。

世界に光が満ちる前というのは、音も影を潜めている。冬の日にしんしんと降り積もった雪のように、音の星屑も、足元に積もっている。この暗闇と静けさを愛することができるなら、これから訪れる長い冬も、幸せな気持ちで過ごすことができるだろう。

さて、何をしようかと考える。やりたいことはたくさんある。しかしこの、静けさの中で取り組むのはもったいないような気もする。少しずつ、リビングの向こうから聞こえる車の音も増えてきた。せっかくだから、静けさが溶けてしまう前に、この間聞いた美しい音を再現してみたい。

今日も色々な予定があるが、宙と地とに繋がった感覚で過ごせそうな気がしている。2019.8.29 Thu 5:53 Den Haag

319. 静けさに降る星の音

暗い書斎に8つの小さな湯のみと水を入れた湯さましを持ち込んだ。夜はあっという間に明けていく。それでも心は静かにと言い聞かせながら、湯のみに少しずつ水を入れる。グラスハープと呼ばれる、ワイングラスに水を入れて音を出す手法に近い方法で陶器の小さな湯のみから音が出ることに気づいたのは5日前のことだ。瞑想をしている途中に聞こえてきた鈴を振るような音を再現したいと思った。そのときにふと、陶器の湯のみの縁を擦れば音が出るのではないかと思った。早速試してみると、微かな澄んだ音が鳴った。しかし本当に小さい。昼間のリビングではその音が聞こえないほどだ。今思えば今日早く目覚めたのは、静かな時間に演奏をするためだったのかもしれない。

みるみるうちに、外は明るくなり、カモメが鳴き出す。階下に住むオーナーのヤンさんも起き出してきたようだ。スマートフォンで録音してみるも、その小さな音よりも、空気の音のようなものの方が大きく入ってしまうし、カモメの声か、何かの音か、そのどちらもがどんどんと増えていく。カモメの声は音楽の一部と言ってもいいだろうと思いつつ、物音がしないタイミングを探るも、いよいよ難しくなった。先ほどまで窓の外にあった夜は、もう西の空にもない。世界はこんなにもはやく変化していて、静けさはあんなにもあっという間に吹き飛んでしまう。録音したものから、できれば澄んだ音だけを取り出したいが、そんなことができるのだろうか。どうにかできるのではないかと楽しみな気持ちがあるが、今できそうなことを少しだけ試してみて、シャワーを浴び、いつもの一日を始めることにする。2019.8.29 Thr 6:36 Den Haag

320. 生きる音に出会った一日を終えて

パソコンを持って書斎の机の前に座ろうとすると、久しぶりに向かいの家のリビングに人がいるのが目に入った。大人が4人、大きなテーブルを囲んで食事をしているようだ。向かいの家の庭と外壁には今、足場が組まれているため、専門業者が何か工事をするのかと思っていたら、昼間、足場に腰掛け2階の窓枠にペンキを塗り始めたのは、その家に住む大人の男性だった。子どもたちが何か作業をしている様子も見えた。近所で、老齢の男性が自宅らしき場所の扉のペンキ塗りをしているのを見たことがあるが、あんなことまでしてしまうとは。オランダの人は、暮らしを自分の手で手入れする楽しみというのをよく知っているのだと感じる。

今日もお腹の中はあたたかい。夕食に食べたとうもろこしと、じゃがいもが体の中にちょこんと腰掛けているような感じだ。ペンキ塗りではないが、体の中の手入れをしてくれているのかもしれない。空には鳥の羽を放り投げたような雲が広がり、西の方向から差す光で薄卵色(うすたまごいろ)に染まっている。

今日は、なんだか美しい音がたくさん聴こえた一日だった。体の中で鈴を振るような、そしてそれに呼応してまたどこかで鈴の音が鳴るような。朝一番に、先日聞いた音を再現した音を煎茶椀を使ったグラスハープで拾ったからだろうか。しかしそれよりもずっと美しい一人では奏でることのできない音を聴いた。

最近、いくつかの呼吸法や瞑想法を試しているが、自分が持つイメージによって、身体に起こる反応や感覚が違うのが面白い。意識を向けたところに現実は立ち上がる、そんなことも実感している。

今日の取り組みを終えて、窓を開け、ベランダへ出ると、1階の庭の池に5つの小さな蓮の花が咲いていた。人間がどんなことを考えていようが、思い悩もうが、この花たちはひたすらに、日々太陽の光を感じ、花を咲かせ続ける。そこは私たち人間が生きる世界とは違うけれど、生けるものとして、その美しさは等しく、そして、私たちが、手にして幸せになると思っているものが幻想であることを教えてくれる。

それにしても、暗いうちに目覚め、開けていく空の下、静かに音と向き合い、その日必要なことにひたすらに取り組んでいく一日というのは何かとても清々しい。何を成したでも成さずでもなく、ただ、為すべきことを為す。こうやって、静けさと祈りの中で生きていたい。それは、嵐の中に身を置くからこそできるのかもしれない。

中庭の真ん中にあるガーデンハウスの上に丸まった猫が、明かりが灯った向かいの家のリビングを見つめている。2019.8.29 Thr 20:37 Den Haag

 内と外のあいだから聴こえてきた小さな音を煎茶椀を使ったグラスハープで再現してみました。

SOUND OF THE SPACE 001 オリオン座と宍色(ししいろ)の空