306. 再びやってきた夏の朝に

窓の外から聞こえる鳥の声、柔らかくなっているココナッツオイル、白湯の味、日差しの強さ、心に流れる音楽。その一つ一つが、今日が昨日とは違う一日だということを教えてくれる。

昨晩、セッションを終えベッドに入ったのは26時半を過ぎた頃だった。思考や感覚の鮮明さはあるが、過度な高揚はなく、いつもよりすぐに眠りに就ける予感がした。感じることはそのままに、受け取るエネルギーを調節するようなイメージをしたからだろうか。ハーブティーを飲もうか迷ったが、静かな身体をそのままに横たえ、iPhoneでクリスタルボウルの演奏をかけた。音を全身で浴びられるようにと、ブルートゥースで枕元の棚に置いたスピーカーに接続をしようとしたが、スピーカーをつけると音楽とは違う微かなノイズのようなものが聞こえてきた。数日前にも別のクリスタルボウルの演奏をかけるためにスピーカーを使用しており、そのときは、そのノイズは聞こえなかったように思う。何度かスピーカーの電源を入り切りしたが、やはりノイズがおさまらず結局iPhoneから直接音楽を出した。いつもなら眠りに就くまで「眠れないなあ」という考えが浮かぶが、その時間を過ごした記憶はないから、すぐに眠ったのだろう。

今日も、寝室の窓の天井から吊ってあるカーテンを閉めて寝たので、外の明るさではなく、身体のリズムの中で目覚めを迎えたように思う。今日は29度まで気温が上がるようだ。美術館に行こうかと思っていたが、せっかくだからビーチに行ってもいいかもしれない。きっと、人は多いだろうけれど、ハーグの海岸線は長く砂浜の部分も広いので、中心部から少し離れるとのんびりと静かに砂浜に横になって過ごせるはずだ。昨年この時期にビーチに行ったときも、海で遊んでいる人よりも、砂の上に寝転がっている人の方が多かった。おしゃれなカフェのようなものもあるが、音楽は流れておらず静かだ。その前に日記の編集やいくつかの振り返りなどをしていたら、出かけるのは13時すぎになるだろうか。水曜まで気温が高く天気が良い日が続くようなので、再びやってきた夏をほどよく、でも存分に味わいたい。2019.8.25 Sun 10:48 Den Haag

307. 海へ

リビングで過去の日記の編集を終えた。読み返すたびにそれが、自分の書いたものであって自分の書いたものでないという気がしてくる。物理的に日々細胞は入れ替わっているし、そのときの環境や心境にも大きく影響を受けている。借り物ではないけれど、でもどこから降ってきたのか分からない言葉が置かれているときもある。それはきっと、これまで過ごした時間の中で心に積もったものが発酵し、気泡となったもの、そしてその瞬間に流れ星のように宙から降りてきたものなのだろう。

家の中でも北側に位置し普段は比較的涼しいリビングも、体の中に体温を閉じ込めるほどに気温が上がっていることを感じる。さて、今日はどこで何をしようか。何もしなくてもいい。でもどこか気持ちのいい場所に身を置きたいという欲求がある。

ビーチで本を読むのは本当に気持ちがいいが、おそらくかなり暑いだろう。日焼けをすることは構わないが、思った以上に早く根をあげてしまうかもしれない。ビーチにカフェやレストランが多く並ぶエリアもあるが、そのあたりは人が多く、少し落ち着かないように思う。さて、どうしたものかと地図を眺めていると、家の前の通りを西の方に行った先もビーチがつながっており、そこにもいくつかのカフェがあることが分かる。自転車では20分ほど、トラムに乗ると、家の前を通るトラムの終点まで乗り、少し歩くことになる。家の前を通るトラムがどんな場所にいくのか一度行ってみたかったのでちょうどいいかもしれない。歩いていける距離にあるハーグ市立美術館に行こうかとも考えていたが、せっかくの天気なのでビーチまで自転車で出かけてみるのがいいように思えてきた。果物と飲み物、本とノートとシート代りに敷く大きめのタオルを持って出かけよう。ハーグの街は広い。まだ見ぬ景色を見ること、まだ知らぬ場所を訪れることに心も体も喜んでいる。2019.8.25 Sun 14:43 Den Haag

308. ビーチでの時間

目を閉じると、何層にも重なる音の世界が自分を取り巻いていることを感じる。目で見るのとはまた違った、窓の外の世界を感じる。ほどよく体はあたたかく、思考は落ちついている。今日はきっとぐっすり眠れるだろう。

昼間の日記を書いた後、自転車で海まで出かけた。家の近くのビーチには10分ほどで出られるが、行ったことがないところに行ってみたいと、西に向かった。ペダルを漕ぐ一歩一歩が心地いい。こんなに心地いいのにどうして私は普段自転車で出かけないのだろうかと、まっすぐな道を進みながら考える。そうだ、まっすぐはいいのだ。しかし道を曲がるときはなかなか気を遣う。オランダの人は、自転車を漕ぐのが早い。ほとんどの場合自転車が最優先ということもあり、かなり強気で自転車を漕いでいるようにも見える。そんな中で、進路変更、特に左折をする場合などはとてもドキドキする。今進んでいるレーンの中で追い越し側にあたる左側に自転車を寄せ、その後、道路を渡り、左に方向を変え、直進してくる自転車の波に乗る。車の免許取り立てのときに車線変更をするときにドキドキするような、そんな感覚を、自転車に乗っていると多々味わうことになる。我が家の前は自転車レーンが一方通行なので、その方向に合わせて帰ってこないといけないし、自転車レーンから家の前の歩道に乗り上げるときも、後続の自転車の妨げにならないかとドキドキしながら手でサインを出し、減速し、縁石の段差を乗り上げなければならない。普段、のんびりマイペースに暮らしている私としてはとにかく終始心が落ち着かない。上手く左折ができずに思った道とは違う道を進むことになったことも何度もある。

そんなわけで最近、あまり自転車に乗っていなかったのだが、久しぶりに乗った自転車、そしてひたすらまっすぐ進む道のりは、30度近い暑さをもろともしないくらい気分を爽やかにしてくれた。20分近くまっすぐ進み、大きな公園をすぎて右折をし、住宅地を通り抜けると、老若男女、多くの歩行者や自転車、車が北の方向に向かう道に出た。水着を着ている人を見る前からそれが海に向かう道であることを確信する。しかし、いかんせん、思った以上に人が多い。中心部から離れれば人が減るかと思ったけれど、見る限り、ハーグの中心部の海に向かう人の量とさほど変わらないのではないかと思う。オランダには珍しい自転車を漕ぐのが少しきついくらいの坂道を登りきると、まっすぐ進む大きな道と、少し細い道がある。前を行く自転車が細い道の方に進んでいくのでその後をついていくと、砂地に草木が生えたような道に出た。先ほどの車通りがある道よりもずっと気持ちがいい。さらに進むと、道がまた二股に分かれる。少し先にたくさんの自転車が止まっているのが見える左の道に進み、ほどよい隙間を見つけて自転車を停めた。

緩やかな坂道をのぼりきると、そこは、思った以上に賑わった海だった。しかしすぐに、パラソルやテントで視覚的には賑わっているが、人々は静かにのんびりとした時間を過ごしていることに気づく。小さな子どもや若者もいるが、大人の方が圧倒的に多く、それぞれがほどよい距離感の中、敷物を敷き、その上に寝転がっている。本を読んでいる人もいるが、何をするでもなく、ただ寝転がっている人がまた圧倒的に多い。あえて「何かをしている」と言うなら、「日光浴をしている」と言えばいいだろうか。「日に焼くために体を横たえている」と言ってもいいか。とにかくゴロゴロと過ごす人の中で、私も砂浜の端に持ってきたタオルを広げ、その上に横になる。多少日に焼けるくらいがちょうどいいかと思うものの、昨年、ビーチに横向きになり本を読んでいたら、体の左側半分だけ焼けてしまったことを思い出し、持ってきた紫外線カットのパーカーを左肩にかけ、iPadでKindleを開く。しばらくして、うつ伏せに向きを変え、それに合わせてパーカーも両肩と腕にかけ、パーカーの帽子も被ってKindleを読んでいるうちに、眠気がやってきた。おなかの側の砂のあたたかさと、背中側から照る日差しが身体と頭をぼーっとさせるのにちょうどいいようだ。Kindleを閉じてそのまま目も閉じた。

寝ていたのは数十分だっただろう。喉の乾きで目が覚めた。起き出して、水筒に入れてきた水出しの玉露を飲み、持ってきたリンゴをかじる。そしてまた、横になる。読んでいる本の内容はあまり頭に入って来ないが、それでいいだろう。本を読みに来たのではなく、ビーチでゴロゴロしにきたのだ。そんなことを考えていると、にわかに、背中の方から拍手の音が聞こえてきた。何かのグループが盛り上がっているのかもしれないと、振り向かずにいると、近くのカップルも拍手を始めた。振り返ると、砂浜の真ん中に木の枠にレースのカーテンのようなものをつけ区切ったスペースが作られており、その向こう側で男女が話をしているように見えた。その近くに、机と椅子、そして机の上に赤いバラが飾ってあるのが見える。さらに横にはビキニを着てカメラを構えた女性がいる。そして周囲の人は彼らの姿を見て拍手をしている。どうやらそこでプロポーズのようなものが行われたようだ。特別だけれども、過度に飾り立てていないその空間が、なんだかとても素敵なものに思え、そこに居合わせたことがまたとても幸せなことに思えた。

少し本を読み進め、うたた寝をし、自転車に乗った。今度は来た道ではなく、ビーチにほど近い、砂地に緑が生えたようなエリアの中を進む。おそらくこれは家の近くまで続いているはずだ。来るときのまっすぐな道も気持ち良かったが、軽い起伏があり、自然を感じるサイクリングロードは、帰り道の億劫さのようなものを吹き飛ばしてくれる。広い砂丘に緑があるような景色は、日本では見たことがない。ウェアを着てロードバイクで走る人もいる。あまりスピードをあげずに道を進みながら「帰って食べる、蒸したじゃがいもはさぞかし美味しいだろう」と考える。そう考え始めたせいか、空腹感が増していく。

家に帰り着き、シャワーを浴び、生のビーツと、蒸してギーを塗り塩をかけたじゃがいもを食べた。あっという間に走り去ってしまったと思っていた夏を味わった、そんな一日だった。2019.8.25 Sun 20:26 Den Haag