298. 朝の月、朝の心

ベランダに出て空を見上げると、南の空高く半月にほぼ近い月が見下ろしていた。今日もその東側の淵を静かに輝かせている。その光だけ見ると、三日月のようにも見える。

白湯を飲み、書斎に来てもう一度空を見上げると、月の上に一本の雲の線が伸びていた。雲をつくった飛行機の姿は見えないが、東西の空をまたぐその線を見て、西から東に向かう時間が流れたことを思う。

昨晩も寝付くのには時間がかかった。そして、何かの音で目が覚め、枕元に置きっ放したスマートフォンを見るとちょうど2:00と表示されていた。夜中に目覚めてそのまま眠れなくなることもあるが、昨晩(今朝)はそのまますぐに眠りについた。その次に目覚めたときに見た時刻は5:30だった。昨晩からの睡眠時間の長さで言うと、長時間睡眠の私としては短いようにも思ったが、それくらい思考が働くということは必要な睡眠は十分にとったのだろうという気がした。もう少しだけ眠ろうか、どうしようかと考え、目を閉じ、再び目を開けたたら6:12になっていた。瞬きをしている間に時間が駆け抜けたようだった。

昨晩から、今朝を楽しみにしていた。最近は、夜眠りにつきときは翌日が楽しみで、朝目覚めるとその日一日が楽しみで、夜寝る前は寝ることが楽しみだ。中でも今日は、2週間ぶりにインテグラル理論のゼミナールが開催される。録り貯められた補助教材の中で聞けていないものもたくさんある。全てを聞くには時間が足りないだろうから、自分自身の日々の取り組みと、そして録音の中から、本日の内容に深そうなもの、自分自身の関心が高いものを選んで聞いて今日の午前中を過ごしていきたい。

また一つ、ちょうど書斎の窓の右上から左下に向かう線を引く飛行機が遠ざかっていく。薄い雲の纏っていた真朱(まそお)は空の中にすっかり溶け出したようだ。自分の中にある微かな色に出会う、今日もそんな旅になりそうだ。2019.8.23 Fri 7:06 Den Haag

299. 美しいさえずり

身支度を整え、部屋の片付けを終えた。まだ発声をするのには早い。開け放った窓からは、夜の間に冷え込んだ、少しの湿気を含んだ空気が吹き込んでくる。長袖のシャツ一枚ではくしゃみが出るほどの、涼しさというより寒さだ。それでも澄んだ空気と聞こえてくる鳥の声が気持ち良くて、窓を閉める代わりに、パーカーを羽織った。

昨日、近くの楽器店でリコーダーを購入し、帰ってきて早速、入れてある布袋から取り出した。布袋とリコーダーには「Belcanto」と書かれている。Belcantoとは、イタリア語で「美しい歌」という意味であり、belは「美しい」cantoは「さえずり」という意味があることを知る。イタリアのオペラの歌唱テクニックを示し、母音が主となるイタリア語において、流れる母音の川の上に子音の小舟をそっと乗せるような歌唱法だと言う。バロック時代にはリコーダーのためのソナタや協奏曲が数多く作曲され、リコーダーが華やかに活躍したということを知った。特にドイツ出身のG.F.ヘンデルはリコーダーのための曲を作曲したということだが、子音が主となるドイツ語とは大きく違った発声体系を持ったイギリス語の名前がついているリコーダーを手に入れたというのは何か不思議な巡り合わせを感じる。G.Fヘンデルの作った曲を吹いてみたいが、せっかくイタリア語の名前がついているので、イタリアの作曲家が作った曲や、イタリア語で歌われている曲も吹いてみたい。モーツァルトやベートーヴェンの作品が有名な古典派期頃からオーケストラが発達し、リコーダーは人気がなくなっていってしまいそれからリコーダーのための作品はほとんど書かれていないという。

誰かが作った音楽を演奏するというのは、時空を超え、その人の生きた人生を感じることでもある。そう思うと、書いた人の息遣いを感じる書にも近いのかもしれない。これから、演奏を通して、また様々な人の物語に出会っていくだろう。2019.8.23 Fri 7:54 Den Haag

300. 流れゆく音楽の中に

時刻は8時に近づこうとしている。中庭はすっかり光と鳥の音で満ちているが、そこの人の気配はない。ハーグの片隅の晩夏の朝は、静かに賑やかに始まっている。

先ほどリコーダーの話を書いているときにふと、祖父の書いた絵に添えられた詩の中に、笛に関するものがあったことを思い出した。書斎の書棚から小さな画集を取り出してページをめくる。祖父の自画像と、バイオリンの絵にはさまれて、笛を持った人の絵と、詩があった。
「ずっと長い間 美しい音の笛を 吹きたいと 思っているのです」
そこに書かれた言葉を声に出して読むと、言葉になるのを待てないものたちが溢れてきた。

自分がオランダに住んでいる理由、リコーダーを手にした理由。
分かっていたつもりだったし、自分で選んだつもりだったけれど、今それが、何かもっと大きな流れの中での必然であった気がしてきている。祖父の生きた時間は、そのもっと前に生きた誰かの時間と繋がっていて、私の生きる時間は祖父の生きた時間とつながっていて、そしてまた、誰かの生きる時間と私の生きる時間が繋がっている。それらはすべて、川のような音楽の上にある。いつかその音楽をこのリコーダーは奏でるだろう。私は、リコーダーを吹き抜ける風になり、リコーダーを抱きしめる風になり、そこにある音楽を世界につないでいくのだろう。

アルトリコーダーやオカリナ、サウンドボウルなどを使って、地球と宇宙をつなぐ音をつくってみたいという意欲が湧いてきている。2019.8.23 Fri 8:15 Den Haag

301. いつも音楽がそこにあったということに気づいたならば

日記を書くために書斎にパソコンを持って行こうとしたときに、今朝やろうと思っていた洗濯をしていなかったことに気づく。19時すぎ、この家で洗濯をするには遅いかもしれない。伝統的なオランダの家である我が家は、煉瓦造りで見かけは頑丈そうに見えるが、上下に音がかなり響く。それに加えて、キッチンの脇に置かれた洗濯機は、その上にさらに乾燥機が乗っているせいか、脱水のときにバタバタと激しく揺れる。この家に何人かの日本人の友人が滞在していったが、人が来ると、自分が今当たり前のようにやっている「洗濯機を昼間に回す」ということが日本では当たり前ではないことに気づく。せっかく海外に観光に来ているので昼間は出歩くことが多いかとは思うが、我が家に滞在していく人たちはどちらかというとゆっくりのんびり、暮らすように過ごしていくので、その中で洗濯機を夜に回すというのは、マンションが頑丈に作られていて、洗濯機の音が周囲に影響を与えたない家に住んでいる中で無意識に習慣になっていることなのかもしれないと思う。(昼間に洗濯をしようと思っても今日の私のようにすっかり忘れていたということもあるだろうけれど。)

今日は昼過ぎにインテグラル理論のオンラインゼミナールに参加していたが、その途中から額に不思議な感覚を感じていた。昨晩、伸びてきている前髪を今後伸ばし続けようか、いつものように眉毛にかかるくらいで切ろうかと考えていた。額を出した方がエネルギーの通りが良くなりそうだが、面長の私としては、前髪を完全に上げるスタイルは顔の長さを強調するようで抵抗がある。と言っても、普段、音声のみでセッションや打ち合わせの多くを行なっているので人からの見た目を気にする必要はあまりないのだが、「自分の中でのしっくり感というのが大事」という観点から考えると、前髪を全て上げることは、自分の中ではイマイチしっくりこない。結局、ほどよく眉間と額が出るようにと、前髪を斜めにザクザクと切った。その効果があってか、ゼミナールの参加者の方の発する強い気が飛んできたのか、とにかく途中から眉間がむずむずというか、「何かを強く感じている」という状態になった。そしてそれは今も続いている。16時半すぎ、明日の日本時間の朝のセッションに向けて今のうちに仮眠を取っておこうとソファに横になると、寝ている本人が驚くほど深い眠りに入っていた。3日間くらい寝ていたのではないかという眠りから覚め時計をみると、ちょうど18時になったところだった。ゼミナールでは、知はもちろんのことながら、それ以外の、何か内的なものにも刺激や通信が起きているようだ。それを処理するのには大きなエネルギーを使う。今日もまた、心にいくつもの細い糸が垂らされた。そこにまた、ゆっくりと結晶ができて、そこからさらに、光や言葉が生まれていくことになるだろう。

昨日、リコーダーを吹き始めてから、鼻歌や歌を歌っていることが多くなった。音楽と呼んでいいかわからないが、自分の中にこんなにも音楽があったことに驚く。買い物に行く途中でも気づけばなんの歌とも言えない鼻歌を口ずさんでいる。近所ですれ違う人はみな機嫌が良く、鼻歌を歌っている人も珍しくない(気がする)ので、気兼ねなく機嫌よく歌うことができる。帰ってきて家の扉を開けたときも鼻歌を歌っていた。1階に住むオーナーのヤンさんがいつも口笛を吹きながら帰ってくる気持ちが少し分かった気がした。

そういえば、私の中にいつも音楽は流れていたように思う。しかし、あるとき自作の鼻歌を歌っていたら一緒にいた人に「音程が変だよ」と言われてしまった。我が家は父が音楽関係の仕事をしており、子ども3人ともピアノを習っていたいにも関わらず、家族で誰かの誕生日を祝うときに「ハッピーバースデー」を歌う際、お互いに音程を探り合って歌い出すほど音を外す名手ばかりだ。その中でへんてこな鼻歌っても、誰も気にしなかったが、外ではそうもいかなかった。出てくる音をそのままに鼻歌を歌わなくなって久しく経っていたはずだが、その間もずっと、私の中に音楽は流れていたのだろう。外は明るいものの、洗濯機と同じく、リコーダーを吹くにはもう遅い時間になってしまった。せっかくなので、今後、多重録音をしてアンサンブルのような音の重なりを楽しんでみたいと思っているが、まずはそのためにソプラノリコーダーの音域としっくりとくる雰囲気の曲を探したい。

今日の夜から明日の夜にかけて、セッションが続く。体力を温存するために、このあとは優しい言葉や音の世界に揺られながら夜が家の中に染み込んでくるのを味わうことにする。2019.8.23 Fri 19:47 Den Haag