262. 朝の静けさの中で

静かな朝。時折鳩の声、カモメの声、トラムの音が聞こえてくる。昨日は寝るときまで隣家の人の話し声が聞こえていたので、今、余計に静けさが強調される。偶然にも隣には日本人が住んでいるようだ。やはり意味の分かることは言葉になり、意味の分からないことは音になるのだと、中庭に響く日本語を聞きながら思った。内容が脳まで届かなくても、言葉としての存在感が全く違う。日本で意味の洪水の中にいたらそれでも私は人の話を聞けるだろうか。今のところよっぽど環境や自分の中での切り替えがないとそれは難しいことを想像する。聞いているフリをして聞いていないというのは、意味の洪水の中で生きるためには必要なことかもしれないが、だからこそ、純粋に言葉とその奥にある心と向き合い続けたい。

言語構造と文化というのは人の意識に大きく影響を与えるのだということが湧いてきた。以前、中国に住んでいるコーチから、中国語は文頭に大事なことが来るから、人がどんどん会話にカットインしてくるという話を聞いたことがある。文化というのは民族や慣習にも関連するが、同質に思えるようなものの中では、その中でいかに他者との「差」を誇示するかというのが重要になるのかもしれない。たくさん話す、大きな声で話す、論破する。それが秀でていることの基準になるのだろうか。そうやって言葉を重ね合うことが一つのコミュニケーションの形であって、親密さを表すという見方もできるのかもしれないが。

昨日、インテグラル理論の本を読んだ後に対話について調べ物をし、日本の組織開発に関する記事をいくつか読んだ。そこで語られていることは、理論として、メカニズムとしては共感するが、その中で置き去りにされている人たちのほうが多いのではとも感じた。現場では日々、目の前のものごとや目の前の人に向き合っている人たちがいる。そして組織のこと、そこにいる人のことを真剣に考えている人たちがいる。しかし「組織開発」という風に切り取られてしまった時点で、何か、外から持ち込まれてしまうような、それが目的になってしまうような、そんな違和感がある。組織開発にも色々な形があって、それが本当に組織で働く人と事業を結びつけるものになっていること、私には見えていない世界がそこにあることを祈りたい。2019.8.7 Wed 7:45 Den Haag

263. 食に関する気づきからの警告

30分ほど前に降り出した雨が上がり、今は空が眩しいほどだ。今日は朝から、曇ったり晴れたり、雨が降りそうになったり、また晴れたり、そして雨が降ったり、天気が忙しい。先ほど雨が降り始めたときには「午前中に買い物に行っておいてよかった」と思ったが、今雨が止み「また晴れたのか」と思っている自分がいる。忙しいのは自分の心であることに気づく。

先ほど、知人の日記の中にある食に関する記述を読んだときに発見があった。いくつかの種類のオーガニックのパウダーを溶かしたドリンクについて「一つずつゆっくりと飲み進めていく」という箇所を読んで、私は、自分があまりに急いで飲み物を飲んでいたことに気づいたのだ。ここのところ、食の全体のバランスは以前より良くなっている中で、それでも一日の中での思考力や感覚に波があり、それをもう少し改善できないかと考えていた。波があること自体は自然なことだ。しかし、それが、実感としてかなり大きなものなので、もう少しゆるやかなものにできるのではないかと思っていた。今日の気づきは、そんな自分の状態と、飲み物との向き合い方に対する警告のようにも感じられた。今の私はと言えば、午前中から夕方にかけて4から5種類の飲み物を摂取しているが、毎回、水に溶かしたオーガニックパウダーをグルグルと混ぜ、塊がなくなったと思ったらごくごくと一気に飲むということをしている。そんな風に取り込まれた飲み物と身体の関係を想像すると、どちらもビックリして、強い反応が起こる様子が浮かぶ。だいたいの場合、オーガニックパウダーが溶けきれずにコップの底やスプーンの淵に残っていることからも、自分がいかに気が急いた状態で飲み物を飲んでいるかが分かる。これでは、一時的に活力が高まったとしてもそれがまた急速に下がってしまうわけだ。一気に飲むから、一気に切れる、それでまた一気に飲む。一日の中でそんな状態を過ごしていたことに今の今まで気づいていなかったことが恐ろしい。基本的に手元に水はいつも置いているが、オーガニックパウダーを溶かしたドリンクをゆっくりと飲んでいくという考えは全く頭になかった。どうやら私は、普段飲んでいるドリングを即効性のある栄養ドリンクのように思っていたらしい。そうではなくて、そもそもこの取り組みは、身体や脳の組成自体を変えていくものなのだから、ゆっくりと身体に染み込んでいくように取り込んでいくというのがいいのだろう。

こんな話があったなと、書斎の書棚から以前日本に行ったときに古本市で買った『モモ』を取り出した。

−ゆっくり歩けば歩くほど、はやくすすみます。いそげばいそぐほど、ちっともまえにすすめません。(ミヒャエル・エンデ作 『モモ』より)

これはきっと、身体のこと、身体に取り込むもののこと、心のこともそうなのだ。はやく、目先の結果に手を伸ばしたくなるが、ゆっくりゆっくり本当に大切なものに触れていけば、結果として全体は自然と変化していく。自分に、他者に、いかにそれを許容する場をつくるか。それが今オランダにいる使命のような気がしてきた。2019.8.7 Wed 14:31 Den Haag

264. 死が近づいてきたあの夏のこと

先ほど『モモ』の作者であるミヒャエル・エンデの生涯について調べていたところ「16歳の頃、徴兵され、1日訓練を受けた後、前線に送られ、初日に学友3名が戦士する」という記述に目が留まった。ちょうど昼間、死について考えていた。

考えはじめたのはきっと、午前中の打ち合わせの最後に「東京でお盆の時期に訪れるのにおすすめの場所はあるか」と聞かれ、「東京は街の暑さが厳しいし、どこに行っても人が多いので個人的には郊外の方が好きで、中でも山梨の山奥にあるゲストハウスを訪れるのが好きだった」という話をしたからだ。数回しか訪れたことがない場所だが、携帯の電波も入らないような、のんびりと過ごすことしかできない場所で、その日出会った人と語らい、そして別れていくという時間が私は好きだった。

ある晩、少し離れた場所にある公共浴場からの眺めがいいので、明日、来ている人たちで車を乗り合わせてそこに行こうという話になった。その翌日、静かな山奥には珍しいザワザワとした雰囲気に目を覚ますと数名の宿泊客が宿から出ていくところだった。近くの川に落ちている人がいるという。状況が分からないながらも、何かただならぬことが起きてることを感じ、後を追うと、ちょうど近くを流れる川の横に救急車が止まり、川の水面近くに救急員が降りていっているところだった。川にかかった橋から5mほど下に降りた岩場のあたりに、頭から血を出して倒れている人が見えた。こわくなって、その場からはすぐに離れたように思う。そのあと、どうやって過ごしたかは覚えていない。川に落ちた人は救急車で病院に搬送されたが、意識が戻らず、一週間ほどして亡くなったという知らせを受けた。

明日一緒に出かけましょうと言っていた人と出かけられなくなる。それは私にとって、死が隣に、今ここにあることを実感した出来事だった。福岡にいたときに祖父母が亡くなったがそのときは「そういう年齢なのだ」と思ったし、若くして亡くなった知人もいるが、自分にとって死はまだ何か遠い出来事だった。その年は、乗っていた電車が駅と駅の間で急停車したかたと思ったら、人身事故が起きていたという出来事があり、そして中の良かった同僚が海外赴任先で亡くなるという出来事があり(それも、1週間前に電話で話したばかりだった)、何か、死がとても近くにあるのだということを知らされるタイミングだったように思う。そのときすでに会社を辞めることは決めていたが、目まぐるしく過ぎていく日々の中で走るように過ごすのではなく、自分や人、そこにある時間に向き合っていきたいという思いを、身近に現れた死が後押しをした。

私が今持っている強い思い混みや枠組みがあるとするとそれだろう。人は突然いなくなることがある。今日が話ができる最後の日かもしれない。そう思うと、その人の存在そのものを祝福し、ただありのまま感じることを、そうなんだと受け止める以上に大切なことがあるだろうかと思う。

しかしそれは、私が肉体的な死という枠組みに囚われているということかもしれない。言葉や想いは、肉体を通して交わされるものだと思っているから、肉体がなくなることでそれができなくなるように考える。でも本当にそうなのだろうか。今私が声を交わしている人たちは、そもそも何をもって「そこに存在している」と言えるのだろうか。そして私は、その人たちの肉体があるから、その人たちの心の声を聴こうとするのだろうか。そうではない。肉体を超えたもっと違うもの放つものを私は受け取り、そして届けているのだと思う。そう思うと、その瞬間に向き合う真剣さはそのままに、でももっと大きな時間の流れの中で悠然とあってもいいのではないかと思えてくる。そうすることで生まれる余白があり、そうすることでまた聴こえてくる、言葉と言葉にならないものもあるだろう。死について考えることは恐ろしいことだと思っていたけれど、今それがむしろ勇気と可能性のようにも感じられてきた。2019.8.7 Wed 15:17