250. 固まらなくなったココナッツオイル

西から東に鼠色がかった雲が流れている。その切れ間から見える空も白い。向かいの庭には今日もピンクの薔薇が飾られ、少し重い空気が庭に伸びる葡萄の蔦を撫でて行く。にわかに強い風が吹き、斜めに開いていた書斎の窓がバタンと閉まり、また開いた。

昨晩はなかなか寝付けなかった。昼間にコーチンングに関する文章をまとめていたが、最後の問いが壮大な問いだったことに気づき、頭を抱えた。どうにかこうにか書き進めたが、もうCPUが限界に達したという感じだった。熱を冷ますためにパソコンのファンが回るように、頭の動きを落ち着けることが必要だったはずだが、なんの対処もしないままになってしまった。まさに脳波がβ波の状態になっていたのだろう。そういうときこそ瞑想や呼吸法を実践したほうがいいのだろうか。いきなり止めようとするのは難しいので、あえて緩やかにでも頭を使い続けるという方法があるとも聞いたことがある。建築家には睡眠障害を抱える人も多いというイメージだが、頭だけ使っていると眠れなくなるというのもわかる気がする。経営者で、ランニングなどをしてわざと体も疲れさせてバランスを取るという人もいる。結局外に出て行う運動は、ジョギングや散歩を気が向いたときに行うという感じになっているがいよいよ何か取り組みが必要かもしれない。今も、外は涼しいが体の内に熱が篭っていることを感じる。

そういえば真夏日となった先週に溶けたココナッツオイルはあれからずっと透明な液体のままだ。融点が約24度ということで、一度溶けてもその温度を下回るとまた固体に戻るのだろうと思っていたし、実際に以前一度暑い日に溶けたときもその後白い個体に戻っていた。しかし、暑さのピークをすぎ、気温が25度を下回るようになった今もココナッツオイルは固体に戻らない。瓶に残った量自体が少なくなっているが、そういうときには固まりにくいといったことがあるのだろうか。

以前、日本から来た友人にどら焼きの作り方を教えてもらった。ほうじ茶にもよく合うので、その後も自分で小さなどら焼きを作っては食べていたが、教えてもらったレシピが卵4つと砂糖200gを使うもので、そんな量を一人で摂っていたらえらいことになると思い、4分の1の量で作ってみることにした。しかし、焼いたときに生地がキレイに仕上がらない。何度やっても上手くいかないので作り方を教えてくれた友人に聞いてみたところ、全体の量が少なくなると生地を混ぜすぎになってしまいがちで上手くいかなくなるということだった。

ココナッツオイルもそうだが、色々な変数がかけ合わさってある状態ができているのだろう。単純に全部を割り算して混ぜれば同じ状態になるかというとそうではない。人間は尚更だ。人によって違うし、同じ人でもそのときどきで違う。向き合うのには時間も手間もかかる。しかし、今、人間には本当はもっと時間があるのではないだろうか。社会が回るために必要な仕事をするにはそれぞれの人が1日3時間働けば足りる状態に既になっていると聞いたことがある。仕事のための仕事をし、人間や人間の感情が記号化して扱われていき、人はそれを計算することに忙しい。今本当に必要なのはじっくりと1人1人の人と向き合うことではないだろうか。

また、強い風が駆け抜けていった。今日は午後の遅い時間までいくつかのセッションがあるので、日記の編集や7月の振り返りをしつつ、できるだけリラックスした状態でこのあとすごしていきたいと思ったが、次の予定の準備を始めるまで意外と時間がないことに気づく。2019.7.31 Wed 8:45 Den Haag

251. 溶けた脳を休ませる

一羽、また一羽と鳩が中庭を通り過ぎていった。南の空には、西から東にとゆっくりと流れる大きな雲が横たわっている。本日最後のセッションを終え、いくつかの作業をしていたら、突然インターネットが繋がらなくなった。パソコンでもスマートフォンでも繋がらないので、ネットワーク自体の問題だろうと思い何度かルーターを再起動するもやはりつながらない。日中、セッションの間は問題なく繋がっていたのにどうしたのだろう。日中にこの状態にならなくて良かったと思うし、今はネットに繋ぐ必要性もあまりないのでいいが、明日もこの状態だと大いに困る。

今はなんというか、本当に脳が溶けているような状態だ。人の話を聞くというのは、基本的には人は生存を脅かされる行為だとも聞いたことがある。それは「人の話を聞いたならばそれに従わなければならず、だから人の話を聞くというのは自分を押し殺すことである」という視点に立った人の見解かもしれないが、評価や価値判断をせずに話を聞くというのはやはり通常とは違う力を使うものなのだろう。(だからこそコーチのようなプロがいるのだが)感覚をフル稼働させ、複数の情報処理を同時に行いながらもリラックスして聴くというのは、特殊のスポーツのようなものだ。卓球でラリーを続けながら、相手は体がほぐれたり、ダイナミックに動くようになっていくというイメージがこの瞬間に浮かんできた。とりあえず今、脳は休みたがっているし、身体も疲れている。読みたい本はたくさんあるし、考えたいこと、まとめたいこともたくさんあるが、それは脇に置いて、何かやさしい言葉や絵を眺めていたい。夕食は摂ったが、脳への油分の補給は必要だろう。今後いくつか形にしていきたいことがあるが、1日の中で、1週間、1ヶ月の中でどう時間配分していくかというのは重要になってくる。

本気で向き合うことがあること、そうでもして向き合うほど喜びを感じることがあることに感謝をして、今日は言葉を編み出すのを終えることにする。2019.7.31 Wed 20:07