239. 真夏のアメイジング・グレイス

寝室の窓を閉めると、中庭に響いていた大きな聞こえなくなり、家の中には静けさが顔を出した。向かいの家で庭に何かを造る工事をしているようだ。工事の音とともに、鼻歌と言うには大きな歌がリビングまで聞こえていた。体全体を震わせているかのような低音が奏でるのは、アメイジング・グレイスだった。

昨日は朝からアムステルダムに向かい、一日を過ごした。尽きることのない対話の中で生まれたものはきっとこれからまた私の中に新しい言葉を生み出し、世界を作っていくだろう。あえて今それをたくさんの言葉にはせず、新たな化学反応が日々の中に滲み出ていくのを楽しんでいきたい。

ハーグは一昨日から、思い出したかのように暑さが戻ってきて、いつもは固形のココナッツオイルも今はすっかり液体になっている。予報を見ると今日は16時に体感気温の予想が38度になっている。今は29度。家の中で汗ばむほどではないが、十分暑い。それがあと10度も上がる。どうやら今日の福岡の気温と同じくらいのようだが、クーラーのない家の中がどのくらい暑く感じるのか、今はまだ想像がつかない。

一つ、オランダでの構想として生まれてきたのは「ラボ」のような場所をつくりたいということだ。ラボと言うか、リトリートのようなものに近いかもしれない。オランダという社会は日本とは全く違う。様々な国の人たちや社会制度、街の雰囲気、あらゆるものが違う。どこの国に行っても違うといえば違うのだが、今のところオランダには、必要以上に人に対して防衛的なスタンスを取ることなく、安心した状態で爽やかな衝撃を受けることができる絶妙なバランスがあると感じている。その中に身を置くだけで当たり前に持ってきた価値観が揺さぶられるし、そこで生まれる対話から、心や感覚の端に追いやられていたものが新しい物語を織り始める。日本と7時間の時差があることから一日の半分はメールなどに追われない時間を過ごすことによって、いかに普段即時的なやりとりや溢れる情報にエネルギーを奪われているかに気づくことができる。そんな中で、自然と、本当に大切なものがぽこぽこと湧き上がってくる。そして自分の内側にものの見方や価値観の変化が起こる。そんな場所を作りたい。それによって、経済成長や便利さの追求という軸の中で置き忘れてきたものに気づき、どうにかしたいと思い始めている人たちの後押しをし、日本に少しでも小さな波紋を起こしていくことができるかもしれない。せっかくなので同時に食を変える体験をしてみて、思考や感覚の状態と食の関係に意識を向ける機会をつくるのもいいだろう。

限られた範囲ながらも日本の今を客観的に見て、限られた範囲の中にもその全体が映し出されていることを想像して、日本に住まう一人一人の人が感じる幸せのようなものが増えるためには社会や商業の構造自体を変化させる必要があると感じている。幸せが増えるためには、社会の変化以上に一人一人の意識の変化が必要だろう。それは単に、何か高度なことを考えられるようになりましょうということではない。もっと、根本的な、自分自身の根っこのようなものとつながるということのように思う。

ドイツ人の友人に言われたことがある。
「日本人は世界一長生きだけど、世界一幸せではないよね」
「あなたは自国の問題に、なぜ自国に身を置いて取り組まないのか」

そのとき私は「今の私は日本では自分自身を保つのに精一杯になってしまう。人の心や意識と向き合うことに力を注ぐためには日本を離れているほうがいいのだ」と答えた。今もその考えは変わらない。社会全体に何か貢献をするということに対する関心が強いわけではないが、今関わっている人たちが、持っている力を発揮し、生き生きと毎日を過ごしていくことを心から願い、それを後押ししたいと思うと、日本社会というテーマが避けては通れないものになってきている。自分自身が静かな生活を続けながらも、一人一人の心に深く向き合い、祖国に何か届けていくにはどうしたらいいだろうかと考えている。2019.7.25 Thu 9:58 Den Haag