230.オランダ的呪術的体験

書斎の机の前に座り、先に開いたメールへの返信などをしていると、空にかかる雲がどんどん動き、だんだんと薄暗くなり、ポツポツと雨が降ってきた。それが今は、バタバタになっている。起きた時点ではまだ空の色は少し青みがかっていたので「今日も暑くなるかな」と思って半袖のTシャツを着たが、それがもう肌寒いくらいだ。半袖やノースリーブの服を着る期間というのは、ここでは僅かなのかもしれない。こちらの人は日本人に比べると薄着で過ごしていることが多いが、だからと言ってそれに合わせていると体が冷えてしまう。夏に体を冷やしすぎると冬の冷えにつながるので注意が必要だ。

ということを考えながら、昨日インテグラル理論のオンラインゼミナールで出てきた「呪術的段階を味わう」という話を思い出す。集団でいうと、霊的なものなどに対する強い信仰で結びついている状態だと考える。この話のときに、オランダのクラブカルチャーのことが頭をよぎっていた。オランダはDJがいるクラブの発祥の場所とも言われていて(諸説あるようだし、厳密なジャンルの分類などは分からないが)、特に夏は日本で「フェス」と呼ばれているような音楽イベントが各地で開催されている。以前オランダ人の友人が「みんなビールを飲みながら踊るから、フェスの会場にテントがあった場合、水蒸気になった汗がテントについてまた雨みたいに降ってくるんだよ」という話をしていた。最近では、(日本でもあるかもしれないが)参加者が同じ場所に集まっているが、会場全体に音楽を流すのではなく、各々のヘッドフォンに音楽を流す「サイレントフェス」のようなものもあるそうだ。(はたから見ると、無音の中で人々が踊っているように見えるのだろう)その話を聞いたとき、私は少し不思議だった。オランダ人(オランダに一定期間住んでいて「オランダ的慣習を持っている人」のことをオランダ人と呼ぶことにする)は基本的にマイペースだ。自分の興味関心を元に発言や行動をする。小さな頃からいろんな人種がいる環境で育つので、「標準」や「基準」という概念があまりないように思う。(「背の順」なんてものがオランダにあるのだろうか。きっとないだろう。背の順は言ってしまえば数えやすさのようなもので、人間の本質的なものとは全く関係がないと思う)そんな中、「みんなで同じ場所に集まって同じ音楽を聞きながら踊る」という行為のどこがオランダ人を惹きつけるのかイメージが湧かなかった。同じ音楽を聴きながらといっても、結局のところ各々が好きにしているのだろうけれど、だったら好きな場所で好きなときにそうすればいい。「何か、その場に対する陶酔とシンクロが同時に発生するような体験が人間としての原初的なものを刺激するのだろうか」と漠然と思っていた。昨日の話に照らし合わせるとそれはきっと「呪術的な体験」なのだろう。日本で言えば盆踊りもそれにあたると考えられる。世界には、「みんなで集まって踊る」ということを行う宗教がいくつもある。そこから、宗教色を排し、呪術的体験だけを残したところにオランダ人のクラブ好きというのは繋がっているのではないか。オランダが多元主義でありながらも空中分解しないというのは、そんな風に原初的なところで人とシンクロするような体験をする場があるとうことも関係しているように思う。

もう一つ、オランダ人の友人から聞いた話で興味深かったのは、オランダでは数年前に「あなた」という言葉の丁寧語が廃止されたという話だった。ドイツ語では「あなた」を表す言葉は、親称と呼ばれるフランクな「du」と、敬称と呼ばれる丁寧な「Sie」の二種類がある。日本語は相手との関係性に合わせて自分自身の呼び方を変えるが、ドイツ語の場合は相手の呼び方を変える。(同時に同時や形容詞なども変化する)オランダではドイツ語のSieにあたるものが「権威主義的だ」ということで廃止されたというのだ。言葉というのは放っておいても時代に合わせてゆるやかに変化していくものだ。小さくは毎年の流行り言葉のようなものがあるし(それは日本の強い傾向だろうか?)、文語・口語とも、その時代独特の言い回しのようなものがある。それを国家として廃止するというのは驚きだった。日本企業の中で「役職付で呼ぶのはやめて、さん付けで呼びましょうね」と言うのを、国が「役職付で呼ぶことをやめましょう」と言うようなものだ。敬称の「あなた」を廃止することによって、他者に対する尊敬の念が薄れてしまうのではないかという懸念や反対意見もあると言う。「日本は他者に対する尊敬や敬意を感じるからそこが好きだ」と、日本好きのオランダ人の友人は言う。「オランダは人の他者との関係性に縛られずに人がのびのびと生きている感じがするから好きだ」と私は言う。

現在、個人事業主のビザを取ることが比較的容易であり、空港のパスポートコントロールもフレンドリーなオランダだが、全ての国の人が容易にビザを取れるかというと実はそうでもないそうだ。そんな話を聞くと、自分が本当に多元的な世界に住んでいるのではなく、「安全に囲われたエリアの中にいるのだ」と気づく。オランダは様々な人がいる国だ。でも本当に多元的なものを体験したいのなら、ここからもっと出て行くことが必要だろう。「多様性や多元性を認めない」という価値観を知ること、そして想像もしていない価値観があるのだと目を凝らし続けることがもっと世界を知ることなのだと思う。2019.7.20 Sat 8:41 Den Haag

231. 『草枕』に希望と絶望を思う

22時を過ぎているが空にはまだ青と白が混ざった光が広がり、よく見ると、ところどころ、微かにオレンジがかった雲が浮かんでいる。南の空の、少し西寄りの位置に一つだけポンと置かれた輝く点が見える。カモメの鳴き声、飛行機が通りすぎる音がする。

1時間ほど前、ここのところ学んでいることや学んでいることから自分にとって大切なことを取り出し、その構造を検証してみようと思いノートを開いたら、スイッチが入ったかのように色々なものが繋がりだした。バラバラのピースがはまっていくような、あちこちに根を伸ばし栄養分を吸い上げていたところから一つの芽が出たような感覚だ。そういえば、「学びと構造化」というのをこれまでも繰り返してきたように思う。新しいことを学ぶと、ワクワクするような感覚とモゾモゾするような感覚、どちらも感じる。純粋に何か新しい世界が広がることへの喜びと、これまで見てきた世界とどう結びつけたらいいか分からないという戸惑いにも近い。これまでは自分の中で学んだことの一つ一つがそれぞれの分野としてそのまま独立した存在であり続けたが、最近はそれらが繋がっていく感覚がある。全く違うものだと思っていたものの関係性を見出し、新たな生態系に見えてくるという感じだ。学んでいる間にだんだんと起こるのではなく、ある日突然、「そうだったのか!」と閃く。少しずつ溜まっていっていたコップの水があるとき溢れ出しその水が一気に力強い河の流れになるかのようだ。その手前では、もどかしい感覚がある。行けども行けども先が見えない、むしろ深い森に分け入って、「とんだところに来てしまった」と途方に暮れかけるような時間をいっとき過ごす。そんな中、そのとき既に生まれはじめている僅かな確信が引力となり、自分が取り込むものを少しでも誰かに還元したいという気持ちが後押しとなって進み続ける。今、繋がったものを形にしていきたいという強い気持ちが生まれている。そのためには敢えて距離を置く必要があるものもあるだろう。必要なもの、大事にしたいものは今既に与えられているものの中にある。それらにとことん向き合うことと、形にしていくということは同義だろうと思っている。

今日の昼間には、日本から習字の手本が届いた。硬筆は手本に習って練習をすることはあまりなく、いつもその中に書いてある文章を眺めるくらいだが、それだけでも十分に学びがある。それと同時に、今自分が気づいていっていることは先人たちが既に、何十年も、何百年も前に気づいてきたことなのだということを知り、希望と絶望を感じることもある。

今日受け取った手本の中には、夏目漱石の『草枕』の一節があった。

−山路を登りながら、かう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。(夏目漱石著『草枕』より)

何も説明することはない。この世界観を分かりきったというのはおこがましいが、自分は先人たちがしてきた体験をなぞっているのだと、ため息をつきたくなる。いつの時代も人間の感じる普遍的なことはあるのだということは希望になるし、どんなに頭を絞っても、それは既に誰かが考え言葉にしてきたことなのだと思うとそれは絶望になる。自分にできることは新しい真理を見つけることではなく、たとえ誰かが既に明らかにしていることであっても自身の体験をもって味わい抜き、それを自分なりの言葉にしていくことなのだろう。今人間が悩んでいることは既に先人たちが何百年以上の間悩んできたことであり、それに対して何らかの提案がなされているだろうから、それを活用すればいいと言ってしまえばそれまでだ。しかし、取り組む人にとっては、自分が経験しているものが世界そのものだ。そこに、誰かの解を持ち込むことでは、その人の人生は、生きたものにはならないだろう。一人一人が自分自身の経験に向き合い、それを咀嚼し、何らかの言葉や原理や構造を見出していくことに共にあり続けるということが私が取り組んでいくことなのだと『草枕』を噛み締めて改めて思う。人間のメカニズムを知ることはその助けになるかもしれない。しかし本当に大事なのは実践であり体験である。そこに向き合う勇気が必要なときにはそれを励まし、絡まっているものがあるならそれを一緒に紐解き、溢れ出すものを表現する喜びを共に味わう。想いを何度も言葉にしながら、繰り返し、そうやって生きていくのだということを確認している。2019.7.20 Sat 22:50 Den Haag

232. 予測した未来を遂行するのか、今という体験の中に生きるのか

窓の外はすっかり暗くなった。南の空の一粒の光は輝きを増した。今日はこのあとセッションがあり、寝るのはだいぶ遅い時間になるのでその前に休息を取っておきたいが、今日のことで書き留めておきたいことがあったように思う。

一つは万年筆のインクのことだろうか。先日もインクが出なくなった万年筆を洗ったが、今日はまた別の万年筆を洗った。最初から洗えばよかったのだが、インクがつかないと思ってペン先を拭いていたらインクが切れていることに気づき、つかないのはそのせいだったのかとすぐにカートリッジを替えたが、やはりペン先からインクが出てこない。仕方なくつけたばかりのカートリッジを外し、ペン先をぬるま湯で洗った。小さなペン先のどこにそんなにインクが入っていたのだろうと思うくらい、湯をかけてもかけても黒く染まった水がペン先に染み出す。幸いなことに外したカートリッジはまた取り付けることができて、スムーズにインクが出てくるようになった。途中で詰まりがあるとカードリッジを替えてもインクは出てこないし、詰まりがどこにあるかは大抵の場合は目には見えない。いつものようにこの出来事を人間に当てはめ、「そうだよなあ」と考えていた。

もう一つ、今日心に留まったのは雨に関する言葉のことだっただろうか。午前中は書に取り組んだが、今日は朝から雨が降っていたので、今日の感覚と一致する言葉を探すために書棚から『雨のことば辞典』を取り出した。小さな文庫本だが、雨に関する言葉が五十音順にまさに辞典のように並んでいる。パラパラとページをめくっていたら「知雨」という言葉が目に入った。知雨とは、雨を察知すること。今で言えば天気予報のことであろうと書かれている。オランダに暮らして、雨が降り出すときが分かるようになった。空が暗くなる、風向きが変わる、気温が下がる。体感覚で、「もうすぐ降るぞ」というのが分かる。それに合わせて次にやることを決めればいいので「雨が降って困る」ということが今はほとんどない。そうすると天気予報が必要になったのはどうしてだろうと疑問が沸いた。江戸時代にはもう天気予報が天文台から出され、毎日江戸城内に配られていたということだが、毎日配るということはその日の天気についての情報だったと考えられる。年間通して「いついつ大雨が降る」というようなことは生活や農業を営む上で役に立つことが想像されるが今日の天気予報を知る必要があるというのは一体どういう前提なのか。それは、人が、未来の計画を立ててそれを遂行しようとしたからではないかと想像する。今日はあれをしよう、あそこに行こう、あの人と会おう。そうやって、少し先のことを決めてそれをしようとするから未来の天気も気になるのである。今日のことを予測するくらいならまだ良かったが、技術や経済の発展に伴って未来の見積もりをどんどんするようになったがために、人は今を生きなくなったのではないか。刹那的に生きることを支持するわけではないが、まだ現れてもいな未来を夢見るのではなく、過ぎた時間を何度も味わい直すのでもなく、今起こっていることに目を凝らし、感覚を向け、そこから一歩を踏み出すような、それを見極める大きな方向性と羅針盤を磨くことが大切なのではないか。というのが、「知雨」という言葉からの考察だった。2019.7.20 Sat 23:24