174. 度々出てくる夢の構造
175. コミュニケーションに関する考察をまとめて

174. 度々出てくる夢の構造

東の空の、高さ45度くらいまで太陽は昇り、先ほどまで隣の保育所の庭で遊んでいた子どもたちの声は気づけば聞こえなくなっていた。保育所の庭には小さなトランポリンが置いてあるが、そこで子どもたちが遊んでいるときは、その声も、ポーンポーンと跳ね上がり、中庭に広がっていた。遠くで救急車のような音が聞こえる。もうすっかり街は目覚めていて、私の意識もハッキリしている。

土曜の朝に起きる時間が大きくずれたところから、昨日、今日とやはり目が覚める時間が後ろ倒しになっている。ここのところ私にしては早く6時頃には目が覚めていたので、時計を見て7時を過ぎていると「出遅れた」という感じさえする。なんだか急いでやらないといけないことがあるような気がして(本当はそんなことはほとんどないのだけど)、日記を書く前にメールの返信を始めたりして余計に追い立てられるように1日が始まることになる。今も掃除や洗濯、買い物など暮らしのために必要なことで今日やるべきことがぐるぐると頭を回っているが、今朝見た夢を少し覚えているので、とりあえずそれを書き留めておきたい。

覚えているのは、誰かが亡くなったという設定の中にいたことだ。パートナーらしき男性がいて、途中まではその父親が亡くなったという話だと思っていたが、一晩開けた後、「昨晩はたくさん飲みまして」という感じでパートナーの父親が登場したので、「亡くなったのは誰だったんだ?」という疑問が湧いてきたことを覚えている。大きな商業施設のような中に、宿泊スペースがあるような建物の中で、関係者もそうでない人もいて、その中を私はウロウロしていた。途中お腹がすいて何か食べようと思ったときにパートナーの男性がピザを買った。ピザ屋のスタッフはピザの生地を大きな切り株(両腕を丸く輪にした)くらいの大きさに伸ばし、その上に、生地の大きさに対しては控えめにペースト状の具を広げた。チーズ味ともう一つ何かの味のようだった。2種類のピザをそれぞれ複数枚買ったところで、知り合いらしき人たちが次々に現れて、ピザを食べ始めた。私もまずチーズ味のピザの一切れを食べ終え、もう1種類のピザも食べようとするが、ピザが見当たらない。「ないない」と探していると、手に持っていたビニール袋の中にピザが丸まって入っていることを見つけ、ないことを騒いでいた(のに、手元にあった)ことが恥ずかしくなって、他の人から離れてピザを食べることにした。

ピザを食べるためにその場を離れたはずが、気づいたら手元からピザはなくなっており、私は自分が帰るべき部屋を探していたが見つからないというシーンになった。建物の端に、ガラス張りの階段室のようなものがあり、それを降りていくと、外に続く扉の前に出た。扉を出ると中には戻れないだろうという気がしたが、中学生くらいの数人の少年たちが、部活に出ていくような感じでその扉を出ようとしていたので後に続いた。気づけば手にはサッカーボールを持っていた。少年たちはグラウンドの端にある部室のような場所に向かい、私は別の方向に向かおうとした。薄暗い中、遠くで先生のような人が「あそこに誰かいる」と、私に気づいたようだったが私は「サッカーボールを持っているから大丈夫(建物から勝手に出てきたとはバレない)だろう」と思った。しかし、暗くなる中で建物から離れることにも不安を覚え、結局は建物の扉の前に戻った。扉の近くにまた中学生くらいの男の子がいたので、この扉を開けてもらえないかとお願いしたところ、扉の右側についているレバーのようなものを押して、難なく扉を開けてくれた。扉を入ると階段の横にガラス張りのエレベーターがあり、係員のような人が「これに乗るか」と声をかけてきた。どうやら私は8階を目指しているらしい。確かに階段で登るのは大変に思えた。少し迷った挙句、エレベーターには乗らず、階段で上に上がることを決めたところで、現実世界に向けた意識が強くなった気がする。

「すでに食べているのにまだ食べ物を欲し、実はそれが既に手の中にあったことに気づくも、恥ずかしくてそれが周りに言い出せない」というシーンはこれまで何度か夢の中に出てきたことがある気がする。今日、夢の中で感じた感情は困惑・焦り・恥ずかしさ・少しの安堵などだった。

庭の木々がサワサワと揺れる音が聞こえる。今日も暑くなりそうだ。2019.6.24 Mon 8:55 Den Haag

175. コミュニケーションに関する考察をまとめて

今日は暑い一日だった。そう思いながら書斎の窓を開けるも、案の定心地良い風が吹き込んでくるということはなかった。昼間は、寝室からベランダへと続く扉を開けると、外の熱気がじわじわと部屋の中に染み込んでくるようで、たまらずベランダのオーニング(日よけ)を開いた。昨年の8月末、この部屋に見学に来た時にオーナーのヤンさんが、「これもあるから」と、オーニングをリモコンで開閉する様子を見せてくれた。電動で動くオーニングは一人暮らしには随分ともったいないというか、オーバースペックな感じがしたけれど、クーラーのない家にとっては日差しが差し込むのを遮ってくれるものがあるというのはありがたい。以前オランダ人の友人に「オランダの家にはクーラーがないが、夏の暑い日にはどうしているのか」と聞いたところ、「昼間は窓もカーテーンも閉めて家の中があたたまらないようにする」と教えてくれた。クーラーで体が冷えるよりは健康的だが、あまり暑いと体の中に熱が篭って思考が散漫になりそうなので何か対策は必要な気がする。確かクローゼットのどこかに扇風機のようなものが入っていたはずだ。

今日は午前中に日本とのやりとりと掃除・洗濯・買い物を済ませ、その後は意識段階とニーズや感情の関連について考察をしていた。そこから、なぜ「コミュニケーションのすれ違い」のようなものが起こるのか、そもそも、言葉や行動はどのように生成されているのかということを自分なりにまとめてみたくなり、手書きでああだこうだと図を書いた後にPC上でまとめてみた。誰かがすでに同じようなことを同じようにまとめているかもしれないが、今の私にとって大事なのは、自分なりに考えつめてみるということだ。特に、いくつかの領域に横断的に関わることは(それ以外のことも)、用意された答えというのはなく、自分で考えを深めていく必要があるだろう。頭の中にあることを一度自分の中で構造化してみて、その上でそれを手放して、人とただ共にあるということをしていきたい。時間をかけて整理したものを見直し、早速根本的に作り直すというところまでやってみた。現在の自分の持っている認識を整理し、現在大事にしている「物語」とは何かについて説明をする助けとなるのではないか思うが、これを今後更新していければと思う。例えば最近取り組みに力を入れている言葉や声に関することは論理的に体系化することが難しくもあるが、それが分かった上で(人にそれを伝えるかどうかは別にして)自分なりの整理をしてみるということを続けていきたい。

今日は、思った以上に頭を使っていたのかもしれない。やはり、一人でも人とでも、思考や心の底に降りていくことは体力を使うのだろう。今日は明日に向けてあと少し作業をし、休むことにする。2019.6.24 Mon 21:28 Den Haag

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個人的な現在の認識をまとめたものですが、よかったらご参考まで。