126. 夜中の雷雨と万歳寝

先ほどは、洗われたような青空が見えていたが、今はまたぶ厚い雲が西から東へと流れていく。昨晩はベッドで本を読み進め、うつらうつらと、視線が前に進まなくなったところで枕元に灯していた蝋燭を吹き消し、そのまま眠りについた。しかしまだ眠りが深くなりきらないうちに、バタバタという鈍い音にカンカンという金属音が混じった音が鳴り響き目が覚めた。雹が降ってきたのかと思うくらい大粒の雨粒がベランダの床とベランダに置かれた椅子、そして木々や地面を打ち付けていた。白い閃光が時折薄いカーテンの向こうを照らす。雨音はどんどん強くなり、眩しい光の後にゴロゴロという音も聞こえるようになった。どうやらまた強い雨雲が来たらしい。そう思って、書斎に置いてあったスマートフォンの天気予報のアプリを開き、レーダーの情報を確認すると、ちょうど、オランダ・ベルギー・ドイツの国境をなぞるようにオレンジ色に塗られた強い雨を示す帯が伸びていた。どうやらかなり大規模な雨雲が北上してきているらしい。この雨はどのくらい続くのだろうなどと考えていたら、すっかり目が覚めてしまった。雨音が大きかったというのもあるが、それ以上に強烈なスマートフォンの明かりを暗い中で見続けてしまった影響もあるのだろう。眠れないという状態を自覚しながら、雨が降り出し目が覚める直前まで夢のようなものを見ていたということを思い出した。夢は明け方、眠りが浅くなったときに見るものだと思っていたが、どうやら眠りに入るときにも見るらしい。深い眠りに入る前だったので、それはビジョンと呼ばれるものだったのかもしれない。

そんな昨晩のことを思い出していたら、庭の大きな木に昨夜も見た緑色の鳥たちが飛んでくるのが見えた。再び見え始めた雲の切れ間から覗く太陽の光に照らされた葉っぱの中に、あっという間に身を隠していく。

今日の活動を始める前に、昨晩眠れなくなった後に気になったことについて書き留めておく。覚えている限り1時近くまで眠りにつかなかったのだが、その後、うつらうつらとする中で私は何度か自分が両手を上げる寝姿勢を取っていることに気づいた。立っている状態で万歳をして、そのまま横になった感じだ。万歳をして寝るのは疲れているときだという話を読んだことはあったが、万歳をすると掛け布団から腕と肩が出て冷えてしまうので腕を下ろし布団の中に入るのだが、気づけば万歳が楽な姿勢なのか、また手を上げてしまう。手の上げ下げを何度か繰り返しながら眠りについたが、朝起きたときに万歳をしていたので、結局腕を上げたまま寝ていたのだろう。姿勢としては楽なのかもしれないけれど、長時間腕を上げたままでいたせいか背中全体が固まっていることを感じる。ヨガをして少しは楽になるけれど、凝りがなくなるとは言えない。
今見てみると、万歳寝をするのは呼吸が浅くなっているときということもあるそうだ。手を上げて肺を広げようとするものの、かえって呼吸はしづらく、睡眠の質が下がってしまうという。万歳寝をしているときは睡眠時間が長くなりがちなのはそのせいもあるのかもしれない。今も少し身体が冷えてきたことを感じるけれど、日中、家の中は思ったよりもまだ寒いのかもしれない。羽織物を増やして今日の活動を始めようと思う。2019.6.6 8:13 Den Haag

127. 食の改善への取り組み

西の空に沈みかけた太陽の光が、向かいの家々に、こちらの家々の影を映し出している。先ほどは書斎の窓とはちょうど逆側にあるリビングの窓から光が差し込んでいた。冬の間はそんな方角から陽が差すとは思ってもみなかった。どの時間帯もどこかの窓から光が差し込むこの家は本当に気持ちがいい。
斜め前、保育所のもう一つ先の家とその向かいの家の間にある木の塀の上に白い猫が丸まっている。この中庭でこれまで見たことがない猫だ。しかし、中庭にいる黒猫や茶色い毛をした猫の中には足先が白い猫が何匹かいるので「やっぱり白い猫もいたのだ」と思った。彼女(性別は分からないがなんとなくそんな気がしている)は、背中を丸めながらも、首を伸ばし、保育所の庭の木にとまる鳩を見ているようだ。その周りをさらに、昨日も見た緑色の鳥が何羽か飛び回った。

今日は午前中に予定していたNon-violent Communicationの講座に参加する仲間とのワークが午後に変更になったので、お昼前にオーガニックスーパーまで買い物に出かけた。我が家の近くには1ブロックも歩かない先にAlbert Hejin というオランダでは一般的なスーパーがあるが、オーガーニックスーパーに行くようになってからはそちらはほとんど訪れなくなった。オーガニックスーパーは歩いて10分弱くらいのところにあり、軽い散歩にもちょうどいい。オーガニックスーパーに着くと、まずはバナナを1房カゴに入れた。これまで選んでいたバナナは1つあたりが大きく、バナナ豆乳にするとかなり満腹感を感じ、午前中の仕事の前に口にするには多すぎる感じがしていたのでできるだけ小さなバナナがついているものを選んだ。そして、次にサツマイモらしきものを手に取った。友人が日記の中でサツマイモの美味しさについて触れていたのを目にして食べてみたいと思っていたからだ。サツマイモは大小様々な大きさのものがあり、食事に加えるのにちょうど良さそうなやはり小ぶりのものを3つ選んだ。さらに新鮮そうな葉物を一つ。これまではそれにもやしのような豆に芽が生えた「Sprouty」と書かれた野菜を加えていたが、葉物が割とボリュームがあったこととから今回はやめておくことにした。そして同じくここのところの友人の日記の中で気になっていた「ヘンプパウダー」と「チアシード」を探してみると、プロテインなどの粉が並んだ棚にそれぞれ瓶に入ったものを見つけた。これまでもなんとなくオーガニックスーパーの中で探してはいたが、私はどちらも調味料や穀物類の近くにあると思っていたので見つけられなかったのだと分かった。どちらも試してみたいと思っていたが、いっぺんに摂り始めるとどのような効果があったか分からりづらくなるかもしれないと思ったので今回はまずはチアシードを購入することにした。それに加えて、近くの棚にあったカカオとマカが固められたブロックのようなものをシリアルの代わりに食べてみることにした。

朝食と昼食にあたるものはバナナ豆乳か乾燥野菜とあおさを入れた出汁のスープを摂るようになってから夕方までの意識の状態はすこぶる良くなったように思う。具体的には昼食後に当たり前のように感じていた眠気を感じず目の前のことに集中できるようになった。もう少し改善をしたいのが夕方以降の食とエネルギーのバランスと、全体としての栄養バランスだ。そう頻繁にではないもののたまに外食をすることや半年に1度くらいは日本に行くことを考えると年間を通してみると栄養失調になることはまずないのではないかと思っている。(明らかに日本での食事は量も栄養も過多で、それを補うためにかなりのエネルギーを使っているように思う)しかし、1日の中で見ると、今は17時頃には明らかに集中力が切れるくらいの空腹になっていて、そこから何をどのくらい食べるかというのがその後の時間の質と眠りの質に影響を与えているように思う。最近は生野菜やクスクスを中心としたヘルシーかつライトな食事か、雑穀米と炒めものを中心とした食事を摂ることが多く、前者の場合は20時すぎに再びお腹が空き、後者の場合は食後に強い眠気を感じて少しうたた寝をするということが起こっていた。また、鉄分をはじめとした女性として必要な栄養を摂れているかにも気を配れていないという認識がある。比較的しっかりと摂る夜の食事に何を選ぶのがいいのかは直近で考えていきたい重要なテーマだ。

ということもあり、今日は早速買ってきたサツマイモをふかし、サラダに加えてみたところ、十分な食べ応えとほんのりとした甘味による満足感を感じることができた。21時を過ぎた今、再び少しお腹が空いてきているがこの時間に満腹感が続いている必要もないのでちょうどいい具合なのかもしれない。カカオとマカのブロックは、買い物から帰ってきてすぐ、お昼頃に小腹を満たすために豆乳をかけて食べてみたが、これは予想と違ってなかなか苦味の強い味わいだった。どうも私は茶色いものはチョコレートのように甘みがあると思っていたようだ。たしかに日本で一時期流行りになっていたカカオ○%のチョコレートなども、その数字が高いものは甘みというより苦味が強かったことを思い出す。バナナも加えると全体に少し甘みを感じ、食べやすくなった。普段、甘みがあるものを食べ慣れ過ぎているのだろうか。せっかくのカカオとマカのブロックをどう美味しく食べるかも工夫が必要だ。そしてチアシードについては、買い物から帰ってきてネットで食べ方を調べたときに少し嫌な予感がした。水に入れて膨らませて食べるのがいいというのだ。そういえばとなんとなくチアシードが入っているジュースのようなものを思い浮かべながら、水に浸したが、それからちょうど10時間ほど経った先ほど、チアシードの様子を見て「やっぱり」と思った。まさに昨日書いた、生理的に苦手な「ツブツブがたくさんある状態」だったのである。そもそも水に浸す前からいわゆる種であり、すでにツブツブがたくさんある状態だったのだが、そのときは特に嫌な感じはしなかった。しかし、それが透明なジェル状のものに包まれると、私が苦手なものそのものになる。意を決してコップからごくごくと水を含んだチアシードを飲んだ。ドラゴンフルーツの種を食べているようにほぼ味はなく特に嫌な感じはしなかったのだが、この見た目に毎回出会わないといけないというのはなかなか勇気がいる。ホワイトチアシードという白いチアシードもあるようだが、それだったら少しは嫌な感じが減るだろうか。濃い色の飲み物に入れたらツブツブ感が気にならなくなるだろうか、いずれにしろ気持ちよく摂取し続けるには工夫が必要だと考えている。それでも栄養価が高く整腸作用もあるというこの素材を、できれば毎朝摂り続けてみようと思っている。

それにしても、食べ物のことに限らず、日本語で取得できる情報の多くは、似たり寄ったり、どこからかコピペが繰り返されたようなものであり、ただコピペするならまだしもそこに商業的な売り文句が加わってくるため、劣化コピーが出回っているとつくづく思う。検索の上位に表示される情報が必ずしも正しいとは限らないというのは、多くの人が気づいていることであり、そのためいくつもの情報を照らし合わせて適切な情報にたどり着くために現在人々が日々費やしている時間とエネルギーを考えると、かなりの社会的損失が生まれているのではないかという気がしてくる。家電やインターネットそのもののもだが、あるところまでは人の暮らしを便利にしてくれていたはずのものが、ある地点を超えると人の時間を侵食するようになり、手段だったものが目的に変わることによって、結局は人は不毛なことに人生の多くの時間を割くようになってしまっているのではないか。食べ過ぎて肥大した体を引き締めるためにジムに通う、残業をした報酬で時短家電を買うという前に、そもそもライフスタイルそのものを見直したほうが良いのではないかというのは日本の様々な便利なサービスを見て考えることだ。

まずは自分自身が目の前のこと、暮らしと生き方を善くすることに集中してゆこう。そんなことを考えながら、中庭での遊びを終えた首元と後ろ足の先の白い黒猫が、住まいらしい家のベランダに帰っていくところを眺めている。2019.6.6 21:34 Den Haag