119. ラナンキュラスの飾られたカフェで

リビングの窓を開けると、向かいの家の屋根の上に付けられているカモメの形をした黒い凧が重力にまかせてポールから垂れ下がり揺れている。その向こうから一羽のカモメが飛んできて、頭上を通り過ぎていった。

昨日は久しぶりに歩き回ったせいか、夕方に一度寝てしまった。夕方といっても、まだ外が明るかったからそう思うだけで、実際には寝てしまったのは20時すぎだと思う。

11時すぎに家を出た私は、運河沿いを少し南に歩き、そして東へと方向を変えた。小さなお店が並ぶ商店街のある通りを進む。知る限り、我が家の周りには歩いて10分ほどの範囲に4つの商店街がある。中でもその通りは幅が広すぎず両側のお店を同時に見ることができて、かつカフェの多い、ランチをするお店を見つけるのにはちょうどいい通りだ。通りに出された席では既にランチやお茶を楽しんでいる人たちがいる。いくつかのカフェを通り過ぎて、味のある椅子やテーブルが並び、天井からたくさんのグリーンが吊るされたカフェに入った。テーブルの上に深いラナンキュラスとミモザのような花が入れられたガラスの瓶の置かれた二人がけの席を選んで座ると、すぐに店の女性が声をかけてきた。スープとパンのセットを頼むと、その女性がチキンでいいかということを聞いてきた。普段オランダで食べる野菜スープには肉が入っていないので、チキンがどのような状態で入っているのか想像がつかなかったが、それでお願いしますと伝え、加えてオレンジジュースを頼んだ。ほどなくテーブルに置かれたオレンジジュースは果肉の粒が入った搾りたてのものだった。スープが来るのを待つ間、手帳を広げ、5月の1ヶ月間のことを振り返った。今年購入した「ほぼ日手帳」には月ごと、1週間ごとの予定の他に、1日ずつ書き込みができるページ、そして1ヶ月が始まるときにも1ページ、書き込みのできるスペースがある。毎月そこに1ヶ月間大切にしたいことを書き、そして月末もしくは翌月の初めに振り返りをすることが日課となっている。5月は、オランダを離れ暮らしとしては落ち着かない部分もあったけれど、その分自分にとって大切なことは確認することができた。そんな1ヶ月だった。

開店後に人が増えた後だったのか、順番に他の人の注文したメニューの乗るお皿が運ばれてゆき、しばらくして私のところにもスープとパンの乗ったプレートが運ばれてきた。見るとスープは、イメージしていたすりおろした野菜が煮詰められたようなスープではなく、何種類かの野菜がゴロゴロ入っている上にパクチーがのせてあるのが分かる半透明のスープだった。中にはチキンも入っているようだ。スプーンでスープを口に運ぶと、チキンと野菜の出汁、そして香辛料と、パクチーの味が全部一緒に入ってきた。アジアの味だと思った。イメージしていたものとは違うけれどこれはこれで悪くないと、野菜を一つ一つ味わっていった。じゃがいもの次に、煮詰めた大根のように白い繊維が見える野菜を口に入れた。食感も大根のようだが、味は炊いたさつまいや里芋をかなりマイルドにしたような感じだ。根菜のようだが、タロイモだろうか。次に、パプリカのような赤い小さな房を口にすると、舌の奥に、辛さのような苦味のようなものが広がった。どうやらパプリカではなく、赤唐辛子だったようだ。口の中に広がる辛味をどうにかしようとスープを飲むがあまり状況は変わらない。仕方なく食べかけた赤唐辛子をそっとスプーンに出し、スープ皿の脇に置いた。パプリカに見える赤唐辛子は他に3,4個スープに入っているが、それも食べないことにした。

そんなことをしながらスープとパンを交互に食べていると、背の高い男性が一人入ってきて、私の座る席と、入り口の間の席に座った。その男性もこの店に来るのは始めてのようで、まず飲み物を注文し、そして飲み物が運ばれてきた後に食事を注文した。暫くしてから運ばれてきた大きなプレートには、パンの上に、パンが隠れるほどの野菜やベーコンと卵焼きが載っている。ナイフとフォークでペーコンを食べ始めて間も無く、その男性は席を立ち、他の机の上に置いてあった胡椒のように見えるものを持ってきて、食べていたベーコンの上に振りかけた。そういえばさっきも別のテーブルの女性が食事の上に胡椒をかけていたのを目にした。オランダの人は胡椒の効いた食事が好きなのか、それともこの店の味付けが控えめなのか。しかし、私の食べているスープはしっかりと味がしている。そんなことを思いながらスープを食べ進め、食後にはフレッシュミントティーも注文し、5月の振り返りに続いて6月に心に留めておきたいことを手帳に書き留め、店を出た。2019.6.2 8:20 Den Haag

1120. 贈り物、そして夕方のうたた寝と夜中の目覚め

ゆっくり食事をとった後は、街の中心部まで歩き、いくつかの買い物をした。まず購入したのはバランスボール用の空気入れだ。街の中心の1番人通りの多い大きな通りに面した地下のスポーツ用品店はオリジナルブランドのものがほとんどだが、リーズナブルで品揃えも良く、その中にはヨガマットやバランスボールもあった。今回、ネットで注文した価格とそう変わらず(それよりも安いかもしれない)、ネットでは受け取りまでかなり時間がかかってしまったので今度から持って帰れるものはなるべく実店舗で購入してもいいかもしれないと思った。

それからいくつかの古着屋さんを周り、書店に行き、最後に英語の本専門の書店まで足を伸ばし、1冊の本を購入した。友人の誕生日に渡すためのものだ。この歳になると欲しいものはだいたい手に入れているだろうし、今手元になくてもだいたいのものを手に入れることができるだろう。個人的な好みもあるし、置き場所などもあるので、誕生日に限らず贈り物というのは何を贈ろうか本当に頭を悩ませる。結局伝えたいのは気持ちであって、何を贈ろうかと考えたその時間が大切なのだと自分に言い聞かせる。ドイツで知り合ったお茶屋を営む中国人の女性は、訪ねていくといつも、どうぞとお茶を出してくれた。店を訪れる人の接客を挟みながらも、あれこれととりとめもなく話をして、お茶を淹れ続けてくれる。どうぞここにいてくださいと伝えること、ただ一緒にいること、それこそが何よりの贈りものなのだと、彼女に会うたびに思う。私がお茶屋を開きたいと思うは、そんな風に目の前の人に向き合い続けたいからだ。それでどうやって食べて行くのかと聞かれることもあるが(確かにそうなのだけど)、食べて行くために稼ぐよりももっと大切なことがあって、きっとこの先、自然にできるようになる気がしている。

見上げると、四方八方に飛行機雲が伸びていて、今もまさに二つの飛行機がすれ違い、その雲が交差しようとしている。いつもこんなに空に飛行機が行き交っていたのだろうか。そろそろおながかすいてきたので、最後に昨日の夕方のことを振り返って何か口にしようと思う。

昨日、帰ってきたのは17時近くだったと思う。日本で買った新しい靴を履いていたこともあり、途中で右足の先と左足の踵が痛くなってしまい、帰りは街の中心部からトラムに乗り帰ってきた。トラムの席に座り、痛みを感じる左足の踵を見ると、ちょうど靴に当たっている辺りに血が滲んでいる。靴を脱ぐと踵のところにも丸く血のシミができてしまっていた。「明日は絆創膏を買わないと」と思いながら家に帰り着き、リビングのソファで身体を休めた。その後、せっかくなのでと、手に入れた空気入れでバランスボールに空気を入れ、バランスボールに座って本を読もうと書棚から本を持ってくるも、頭がもう働かないようで全く読み進められない。バランスボールの上で体を起こしておく元気もなく、ソファに戻り、何度かのうたた寝を経た後、「こんなに眠いのならきちんと横になろう」とベッドに入った。それが、先ほどの日記を書いたときには20時すぎのことだと思ったけれど、そういえば寝る前に教会の鐘の音を聞いた気がする。毎時教会の鐘の音が聞こえるドイツとは違ってオランダでは教会の鐘の音が聞こえるのは珍しい。そう思って時計を確認したところ22時だったというのは昨晩のことか、それともその前の夜のことだろうか。

いずれにせよベッドに入りほどなくして眠りについたのだが、案の定、朝を迎える前に目が覚めた。枕元に置きっ放したスマートフォンで時刻を確認すると0:40と出ていた。意識がハッキリとしかかってくる中で、「これでは眠れなくなり、結果、明日の生活のリズムもずれてしまう」と思って、スマートフォンを離し、呼吸に意識を向けたところまで覚えている。それから眠れないことに悩んだという記憶はないので、おそらくすぐにまた眠りについたのだろう。

しかし、いつからか両腕を上げて寝ていたようで(夜中に起きたときはその後両腕を上げて寝ていることが多いように思う)、朝起きると肩と背中が硬くなっていることを感じた。シャワーを浴びてヨガをし、昨日空気を入れたバランスボールに座りながら日記を書いている、そんなこの1時間だった。洗った髪も乾いてきた。少しだけお腹に何か入れて、明日のドイツでの友人の結婚式に向けて今晩出発するための準備をし、その後は今日は本を読んで過ごしたいと思う。2019.6.2 8:38 Den Haag

121. 空港で考える認識という世界のこと

トラムと電車を乗り継いで1時間ほどでスキポール空港に到着した。セキュリティチェックのゲートはいつになく空いていて、列に全く並ぶことなくチェックが済んだ。シュンゲンエリア内の移動だとパスポートコントロールも通らないので、日本で言う国内旅行のような感覚だ。搭乗ゲート近くのアナウンスで時折聞こえてくるドイツ語や他国の言葉が、ここが様々な国につながる場所なのだということを思い出させる。

今日のフランクフルトまでのフライトはルフトハンザ航空を使うので、スキーポール空港の中では1aという一番端にあたるターミナルが出発場所となる。スキポール空港はKLM(オランダ航空)のハブ空港となっているため、KLMに乗る場合は中心部にほど近いターミナルを使うことになるが、ルフトハンザの場合は、同じ建物内ながらもお店などもない少し寂しい通路を通って使用するターミナルに向かう。スキポール空港内ではルフトハンザ航空は少し肩身が狭いという感じだ。ところがフランクフルト空港に着くと(おそらくドイツ内のどこの空港でも)並んでいるのはルフトハンザの航空機ばかりだ。KLMの水色の航空機は空港エリアの端に追いやられることになる。これはオランダとドイツの関係を反映しているのかもしれないが、つくづく、序列というのは人の心が作り出す相対的なものであり、国や文化が変わればその順位がいとも簡単に変わるということを実感する。

人の心というのは、色々なものを作り出す。事実と解釈というのはあっという間に簡単に混ざり合い、私たちを悩ませる。感情を持つということは人間の特徴であり、生きているということであり、美しさでもあるけれど、解釈を通して見た世界に感じる感情に飲み込まれたとき、人はそこに起こる事実に随分と悲観的な色を塗って物語を作ってしまうのだと、最近つくづく実感している。それに対して、「それはあなたが作った物語だ」ということはできるけれども、それではきっとその人にとっての救いにはならないのだろう。今見ている世界をそのまま味わいながら、そこに光があること、影は光の存在によってもたらされるということに気づく瞬間までただ共にあるということがどうしたらできるかということを考えている。それが最良の方法かも分からない。ただ、私のつくる物語を生み出す構造に対する解釈が本当に正しいのかも分からないし、その物語を早く書き換えてしまうことがいいのかも分からないから、目を見張って、目の前の世界をよく見るという勇気を持ち続けるために共にあるということが今私にできることなのだと思っている。

搭乗ゲートにちらほらと人が並びだした。ドイツも今日のハーグと同じく(もしくはそれ以上に)気温が上がっているようだ。6月の訪れとともに、オランダに夏がやってきたのだろうか。ヨーロッパに来て3度目の夏、これからどんな時間を過ごしていくのだろうか。明日のドイツでの友人の結婚式とこれからの季節に期待を膨らませながら、あっという間に増えた人々の列に並ぶことにする。2019.6.2 17:57 Schiphol