111.環境と私

いつもなら上の階の人の起き出す音で目が覚めるのだが、今日はそういった外からの刺激ではなく、自分の内側から目が覚めた。そんな朝だった。はじめに意識がやってきてから、おそらく30分くらいはまどろんでいたのだと思う。それでもいよいよこれ以上睡眠を必要としていないことに気づいて、ベッドから起きだした。枕元の棚に置いた腕時計の針は5時半を回ったところだった。ということは5時すぎにはすでに目覚めが始まっていたことになる。薄いカーテンの向こうには明るい青が広がっている。カーテンを開けると、南東の空に白い月が昇っていた。三日月よりは少し大きい、五日月(いつかづき)くらいかと思ったが、右側が欠けているということは、満ちてゆく月ではなく、欠けてゆく月なのか。満月から新月に向かう、だんだんと欠けてゆく月は虧月(きげつ)と呼ばれているらしい。控えめに佇みながら、その左半分の輪郭は細い筆で線を引いたように凛としている。目をこらすと、右半分の、丸い輪郭もうっすらと見えたような気がした。それは見えるものを元に心が作り出している幻なのか、それとも見えないものを見る視覚を超えた何かが見せているものなのか。

前回日本に行った頃からの私のテーマは「境界」だった。境界は、「環境と私」とも言い換えることができる。肉体的(なものがあると仮定して)もしくは、精神的に「私」と「私でないもの(環境)」を切り分けたその境目が境界であり、その境界の引き方もしくは境界を引くことそのものが精神と肉体に影響を与えているのではないかという仮説を持ってきた。前回と今回の日本滞在を振り返ることで、環境と私の関係性とその変化を明らかにしていきたい。

先週末の日曜の夕方にオランダに帰ってきてから今日まで、一言で言うととても自然な状態で毎日を過ごすことができている。自然というのは、特別ではない状態でもある。前回、日本からオランダに帰ってきたときは、日本にいるときと大きな違いがあることを感じた。「身体の周りにコンクリートの壁ができていたところから、それが網戸に変わった」くらいの違いである。風通しがよく、環境と自分自身の境目が曖昧で、何かそこに常に出入りがあるような、動的平衡が保たれているような、そんな感覚を覚えていた。そして1週間ほどでその感覚が消えてしまったとき、私は落胆した。「手に入れた超能力が使えなくなった」という残念さにも近かったかもしれない。

今回はオランダに帰ってきて、特別な状態になっているという感覚はない。もちろん日本にいるときよりも身体は軽く(正確には重さや軽さを少し敏感に感じられ)、意識もクリアになっている。今、南東の空に昇っている虧月のように、細い筆で引いたような輪郭が身体の周りにあるような気もするが、それは頑なに閉じたものではなく、(かと言って網戸のようにスカスカでもなく)呼吸とともに、身体の外にふわりとはみ出てはためき、身体の内側にひらりと吸い込まれていく。そんな感じがしている。目を閉じると、皮膚が衣服にあたる感じとともに、その中に内臓があるということを感じる。環境は私の外側にあるものだと思っていたが、どうやら内側にもあるようだ。そうすると、その境目に線を引く意識が「私」ということになるのだろうか。前回オランダに帰ってきたときは、身体の四方八方で周囲の世界との交感が行われていた感覚があったが、今は、いくつかの線が身体から出て、胎児が母親とへその緒でつながっているように、身体が世界と繋がっているという感覚がある。全開か全閉しかできなかった引き戸が、半開きか、もっと小さく、10cmくらいだけ戸を開けることができるようになったような、環境との関わり方にそんな変化が起きているのかもしれない。

東京をはじめとした都会に行くと、人・音・光・文字(情報)が圧倒的に増える。これはオランダの中でも、Bioのスーパーではなく普通のスーパーに行くと感じることだ。情報の多くは、消費活動を促すものであり、日本の場合は注意を促すものも多い。前回日本に行ったときはこれらに対して完全に防衛的な反応をしていた。情報や人の気の影響を受けないようにと、自分の周りに壁を作った。しかしその壁には空気穴もなく、本来必要な光や水を取り入れることもできなくなっていた。さらに、壁を作ったにも関わらず、外からの刺激を受け取り続けていた。硬いコンクリートだと思っていたものが実は、片側からだけものを通す、一方通行の膜のようなものだったのだ。そこから入ってきたものを取り入れ何かを生成するが、生成されたものを外に返すことはない。結局のところ私を苦しめていたのは環境そのものだったのではなく、自らが作り出した感情であって、それに包まれて苦しさを感じていたのだろう。だとすると、前回オランダに帰ってきたときに感じた開放感のような、軽やかな感覚は、環境から解放されたことによるものというよりは、感情から解放されたことによるものだったのかもしれない。

今回、前回ほど日本滞在中に感じる疲労や消耗、人々から受ける重たい気の影響が少なかったのは二つの要因によるものだと考えられる。一つは人・音・光・文字のあふれる場との間に余白があったこと。分かりやすくは、滞在先を街の中心部から外し、さらに、部屋もある程度の広さがある場所を選んだ。昼間、都心や人の多い観光地に出かけることはあったけれど、そこから離れる時間と、身体の周りに物理的なスペースを確保することができて、「帰ってきた」とほっとできる場所があったということは大きいだろう。オランダの家の心地良さのポイントも、天井の高さ、そして、窓の外に広がる中庭の景色と言ったスペースにあるように思う。「あわい」という名を屋号にしたのは、あわい(間)から生まれるものの面白さや可能性、人間にとって何か重要なものがあるという直感とともに、私自身があわいを必要としているということなのかもしれない。

今回と前回の感覚の違いのもう一つの要因は自分自身の変化と言えるかもしれない。成長もしくは変容と呼べるほど質的な違いがあったかは分からないが、「環境に影響を受けているかもしれない私」の存在に気づいたこと、そしてそれを味わったことが、無意識のうちに小さな選択の違いを生み、それが感覚にも影響を与えたのかもしれない。「私」と「私でないもの」の間にハッキリと線引きをし、「私でないもの」を嫌悪し拒否していたところから、「私でないもの」に少しだけ歩みよったようにも思う。

太陽が昇ってきたのか、中庭の木々の葉が若苗色(わかなえいろ)に輝き出した。私の見ている世界、感じていることが私自身だとすると、それがどんな世界だったとしても、そう感じているということをただ味わっていきたいと思った。2019.5.29 7:40 Den Haag

112. 巡る考え、求める体験

今日も空はまだ明るい。ところどころ青空がのぞくうろこ雲が、ゆっくりと南東の方角に流れていく。先週日曜にオランダに帰ってきてから、日記を書く以外のことの多くは寝室の端に置いてある机で行なっている。コンパクトな書斎は目の前のことに集中するのに向いてはいるけれど、昼間に差し込む日差しが強くなってきたこと、そしてあたたかくなり、隣の保育所の子どもたちが庭で遊ぶ時間が多くなったためだ。子どもが遊ぶ様子を見るのはそれはそれでなかなか面白いのだが、コーチングのセッションや考え事をするのにはやはり落ち着かない。書斎は寝室の東側に位置し、書斎の外側にはベランダがなく窓が直接中庭に面していることから日差しや音が入りやすくなっている。書斎の西側にある寝室の、さらに北側にあるリビングも気持ちのいい空間だが、トラムの通る通りに面していて、車の往来もそこそこにある。うるさいというほどではないが、静けさの中にいたい私にとってはやはり集中できる空間として十分ではない。それでもこの家の気持ち良さは余りあるほどで、目覚めるたびにここで朝を迎えられることを幸せだと感じる。

しかし、やはり贅沢を言えばもっと静けさが欲しいこと、そして一人にしては空間を持て余し気味なこと(だからこそ気持ちのいい余白があって、家の中でも場所を変えて気分転換ができるのだが)、そしてその分家賃がおそらく割高であることから秋には引っ越しをするという選択肢もあると考えている。この家に引っ越してきたのは9月1日で、丸一年経つと自由に(と言っても解約予告期間はあるが)解約ができるようになる。家探しをした昨年の8月頃、ハーグは住宅不足で特に滞在許可がない者にとっては、内見をさせてもらえる家を見つけることさえ難しかった。私が知る限り今の家は家具付きで水光熱通信費込みではお得な価格ではあったが、もしかするとそれも、情報格差があった中でのことなのかもしれない。できればもう少し海の近くで、トラムの通る通りに面していない静かな場所、もしくはDelftやLeiden、Goudaなどのもう少し落ち着いた街に住むのもいいかもしれないと思うけれど、具体的に考え始めると、なんだかんだ今の家はやはりとてもいい環境だという気がしてくる。家探しをする時間とエネルギーを考えると、よっぽどのことがない限り、当面はここでの暮らしを続けるということにするほうがやりたいことに時間とエネルギーを使えるだろう。静けさはきっと、別の形で手に入れることができるのではないか。今年の2月頃に心の状態を崩して会社を休んでいた上の階のアナさんが猫を飼うと言っていたけれど、それはやめたのだろうか。そのうち、猫と暮らしてみるのもいいかもしれない。静かな暮らしと、予想もつかない生き物との共生は一見相反するように見えるけれど、そこには現在の認識を越える「静けさ」のようなものがある気がしている。

天気予報によると今週末の日曜はだいぶあたたかくなるようだ。夕方にはドイツ人の友人の結婚式に向けてまたオランダを発つけれど、その前に海か公園にでも散歩に行けるといいかもしれない。近々、アントワープにも足を運びたいとふと思った。アントワープを最初に訪れたのはちょうど1年前くらいだっただろうか。どこからどこへ行く途中だったのかは思い出せないが、一人旅の途中にバスから見るアントワープの街、というかそこにいる正統派ユダヤ人と呼ばれる人たちの佇まいに目を奪われてしまった。ドイツやオランダにも、ヘジャブやチャドルと呼ばれる衣装を纏ったイスラム教徒の女性を目にすることはあるが、それとはまた違った、信仰がライフスタイルそのものになった人々の様子は何か全く別の世界に自分が迷い混んだようなそんな感覚を生んだ。ハーグに引っ越してきてからも一度アントワープを訪れたが、同じベルギーにあるブリュッセルとも、そしてまだ数えるほどではあるが訪れたことのあるヨーロッパの他のどの都市とも違った独特の雰囲気が、なぜだが今また味わいたくなってきたのだった。ハーグからアントワープまではバスで2時間ほど、しかも早めにチケットを買えば片道10€もせずに行くことができる。6月か7月中にまた訪れてもいいかもしれない。そして今年の夏にはオランダに住む人たちが異口同音におすすめしてくるテッセル島に行ってみたいということも思い浮かんだ。海岸線をサイクリングするのが気持ちいいという島だが、今調べてみると1年間に観光客が170万人も訪れるということで、なかなかの観光地なのかもしれない。そこに、乗馬も人気という記載があるとも書いてある。乗馬と言えば、以前勤めていた会社の社員旅行でハワイに行ったときに、乗馬のアクティビティに参加したことがあった。その中で、ほんの少しだけ馬を駆けさせることができたが、あのときの爽快感というか、馬や周囲の環境と一体になった感じはぜひまた味わってみたいと思う。現在参加いているNon-violent Communicationのクラスの先生はコスタリカ在住で、馬と暮らしているそうだ。買い物がてら海岸線を馬に乗って進む。そこには便利さとは違う豊かさ、生きることの美しさがあるような気がしている。

思考が世界旅行をして戻ってきたが、どうやら今私が求めているのは「言葉が通じない」という体験なのかもしれない。普段、言葉をやりとりすることを生業としているけれど、そこにはいつも言葉になっていないものを感じていて、そこにこそ大切なものがあるようにも思う。それをどうにかこうにか言葉にしていくプロセスの中で深遠な出会いや気づきがあるから言葉にするということに関わり続けているのだが、それはやはり言葉にならないものと向き合うというのと同義なのだと思う。動物や、全く違う思想の人、そしてその人たちが暮らす街というのは私にとって、言葉ではない感覚をフル稼働させて、対象と一体になりながらも相容れないものを感じる体験になっているのだろう。その体験は非日常の中で味わえるように思うけれど、実は既に現在の日常の中やそばにも存在しているのだろう。何よりも、「言葉が通じる」と思っている人との間にもっと耳を澄ませることが、感覚を磨いていくのだと気付かされる。2019.5.29 21:47 Den Haag