090. 出発の朝、書斎から

シャワーを浴び、着替えをして書斎の窓のブラインドを開けると、いつもみているカモメの形をした黒い凧がなくなっている。凧の紐がつけてあるポール自体がなくなっているが、どうしたのだろう。中庭のガーデンハウスの上を少し小柄な黒猫が随分姿勢良く、何かを見るように首を伸ばしてそろりそろりと歩いている。見ると視線の先にもう一匹、まだらの柄で足の先の白い、どっしりとした猫が歩いてくる。二匹はほぼ向かい合っているが、間に緩やかな三角屋根の小屋があるので、お互いの姿は見えないようだ。しかし、気配は感じるらしく、二匹とも首を伸ばして前方を見て、前に進もうとしたかと思えば、「だるまさんが転んだ」のようにピタッと動きを止めることを繰り返している。いよいよ距離が近づき、至近距離で首を伸ばしあった二匹の目が合うのではないかと思った瞬間、黒猫が逆方向に走り出し、ぶちの猫がそれを追いかけた。二匹が視界から消えてまもなくふぎゃーという鳴き声が聞こえた。てっきり好奇心旺盛な幼い黒猫がぶちの猫を追いかけると思っていたので、その様子が少し意外だった。

今日も意識がハッキリする直前まで夢を見ていた。体験は鮮明だったが、目を開くと同時にその記憶は遠くに離れていった。「環境が変われば人が発揮する力が変わる。今の自分が全てではない」ということを、夢が終わる直前に夢の中で男性が言っていたように思う。意識がやってくるのとほぼ同時に、背中側が随分こわばっていて「あれ?私は本当に寝ていたのだろうか?すっきりしていないということは、中途半場に目が覚めてしまったのだろうか?」と思ったが、ブラインドの向こうにうっすらと光が見え、鳥の声が聞こえたことで既に朝であることを納得し、梯子をつたってベッドから降りた。

書斎のベッドはおそらくオーナーのヤンさんのお手製である。もともと天井が高い家なので、書斎の机の上に据え付けられたベッドは手を伸ばしても届かないくらいの高さにあり、普段書斎の机で仕事をしていても頭上にベッドがあることはほとんど気にならない。ベッドがある分、他の部屋よりも天井が低く感じるが、それが目の前のことに集中するのにはちょうど良かったりもする。ベッドに上がる梯子も手作りだろう。不安定ではないが、体感覚でイメージする梯子の長さを遥かに越えているせいか、寝ぼけまなこで梯子を降りると、最後の一段になかなか辿りつかないという感じがする。そろそろ床に着くだろうと足を伸ばしても、足が空を切ることが何度もあった。夜中にトイレにいくことは面倒でできれば避けたいのだが、友人一家が来て書斎の寝室で寝るようになってからまだ一度も夜中トイレに目覚めていない。そういえば以前は寝つきが悪く2,3時間は眠れないままベッドで過ごし、眠りについた後も夜中に1,2度目が覚めていたが最近は夜中に目が覚めることはなくなっている。ここ数日は寝室のベッドスペースにはスマホを持ち込まないようにしているが、これも、静かな眠りと寝覚めの時間を作るのに役立っている。今日はこのあと昨日の日記を編集し、できれば少し絵を描いて、スキポール空港に向けて出発したい。まだ子どもが初めて手にしたクレヨンで遊んでいるような感じだけれど、感じるままに手を動かすということ、その体験の中に喜びとともにあるということに身をおき続けたい。2019.5.6 7:38 Den Haag

スキポールの花束