080. 家を探す夢

なんだか久しぶりに書斎の机に向かっている気がする。と言っても、ロンドンに行って家を離れていたのは三日間にすぎない。昨日は一日家にいて、打ち合わせやセッション、色々な作業をしていたが、こうしてただ机に向かって座るという時間はなかったように思う。今日の空は青みがなく。グレーがかった雲の広がりの向こうに微かに太陽の光を感じる。斜めに開いた窓から入ってくる風が少しひんやりとしている。雨が降るかもしれない。

今朝は随分と長く夢の中にいた。夢の中で、随分と長いなあということを考えていたように思う。既に断片的になりつつある記憶に意識を向けてみる。

夢の後半、私は自分の家を探していた。以前住んでいた福岡の唐人町(とうじんまち)というエリアに自分がいるという意識があったがその様子は実際のその町とは違っていた。その前の場面で私は妹ともう一人、年上の女性(だったと思うが男性だったような気もしてきた)で、別の場所にいて、そこで会っていた男性からタクシーチケットを渡されタクシーに乗り込んでいたい。年上の女性が一人で先にタクシーに乗り、私と妹は二人で別のタクシーに乗り込んだ。それぞれの家に帰ろうと唐人町に向かい、まずは妹を妹の家で降ろす。その間、私はスマホの地図で自分の家を探しているのだが、どうも見つからない。付近に以前住んでいた家が二軒あるらしく、それらについては「ここに住んでいた」ということが思い出せるのだが、肝心の今住んでいる場所を思い出せないのだ。そうこうしているうちに一度意識が近づいてきて目が覚め「そうだ、私は今オランダの、書斎の机の上にあるベッドで寝ているのだ」ということを思い出した。書斎の窓から見える東の空は少しオレンジがかり、時計はちょうど六時を指していた。

その後、再びふわふわとした意識の中で夢を見ていたが、その記憶は遠のいてしまっている。次に目覚めたときは二つの夢を比較的はっきり覚えていたので枕元に置いたメモにそれを書き留めることはしなかったが、やはり起きて間も無く少しでも、断片的にでもメモを残したほうが良さそうだ。

今日の夢で印象的だったのは、夢の中の自分には記憶があるということだ。今日夢の中で見た、「かつて住んでいた家」は、現実世界で住んだことのある家に少し似ている部分もあったが、全て同じなわけではなく、夢の中の時間の中で確かに「かつて」住んでいたような感じがしていた。その家が、以前別の夢で登場していたような気もしてくる。

今日は打ち合わせはあるが、久しぶりに落ち着いた一日になりそうだ。考えたいことや読みたい本もたくさんあるので、それらに向き合う集中度合いを観察し、高めていきたい。2019.5.2 8:49 Den Haag

081. 環境に反応して鼓動する感覚

厚みを感じさせるグレーがかった雲が北から南へと急いでいる。今日のことを振り返る前に、駆け足の滞在だったロンドン滞在について振り返りたい。

ロンドンの朝は二日とも、車の音で始まった。そういえば滞在中鳥の声を聞かなかった、鳥の声を聞く自分がいなかったと言ってもいいかもしれない。おそらく本当はそこには、鳥の声も、風の音も、土の匂いももあったはずだ。しかしそれ以上に車や工事の音が多く、私の感覚は閉じていたのだろう。そういえば、と、4年前、千葉の山奥でヴィパッサナー瞑想に参加し、10日間誰とも話さず目を合わせず一日10時間以上瞑想をして帰ってきた後、都心に戻ってきたときを思い出す。電車で東京駅に戻ってくる道すがら、人と音で溢れている都心の空気がどれだけインパクトが強いだろうかと想像していた。しかし人混みの中に降り立った私は、不思議と静けさの中にいた。正確には、雑踏の中の静寂を聴くことができていたのだと思う。家の最寄りの駅でいつものようにコンビニに入ったが、ぐるりとコンビニの中を一周して「ここに今私が欲しいものはない」と思い、そのまま何も買わずに外に出た。そこに、物や光や音が溢れることに対する嫌悪感のようなものはなかった。ただそこにある世界をそのままに見つめ、そこに向けた自分の心を確認したのだった。そのときに比べると今はどうしても環境に反応して、感覚を開いたり閉じたりと、世界との接し方を調整する自分がいるように思う。「自分がいる」という感覚が、その境界を作り出しているのだろうか。

ロンドンでの時間に話を戻そうとするも、頭の中にふと、夕焼けのイメージが浮かんできた。そういえばロンドンでも、そしてオランダやドイツでも、ヨーロッパでまだ夕焼けを見ていないような気がする。東京に住んでいたとき(もうすっかり過去のようになっているが)周りにはあまり高い建物がなく、部屋の西側は全て窓だったこともありよく、沈む夕日を眺めていた。一人で見る夕日はいつもどこか物悲しくて、死ぬまでにあと何度こんなに美しい夕日が見れるだろうと思っていた。気候や物理的な条件の違いもあるかもしれないけれど、あの頃の自分とはやはり何か心持ちが違うのかもしれない。東京では会社員だった頃も、その後も、それなりに毎日人と顔を合わせ、話をし、そして人混みを通り抜け家に帰るということを繰り返していた。そんな中では一人の時間というのが特別孤独に感じられたけれど、今は一人で過ごす静かな時間が心地いい。

これからもいっとき、日本をはじめ、オランダとその周辺の国を行き来することが続くだろう。ハーグで静かに暮らしているときだけでなく、移動や、他の場所に身を置くことが暮らしそのものになっていくと、ロンドンに身を置いたときの感覚も少し変わるのかもしれない。2019.5.2 20:33 Den Haag