079. Engelのカフェで見たひとときの出会い

テムズ川にかかるロンドン橋から南南東の方角にあるEngel という駅の近くの小さなカフェでミントティーを飲みながら今朝のセッションの振り返りをし、その後遅めの昼食にと注文したハムとチーズとマッシュルームの入ったクレープを食べはじめた頃だったろうか。斜め前の席に座っていた少し小柄で柔らかそうな白髪の男性がおもむろに立ち上がり、私の向かいの席に座って本を読んでいる女性に声を掛けた。話の内容は分からなかったが、何かを尋ねているようだった。ひとしきり話をした後、男性がお礼を言って元の席に戻ろうとするところで女性が男性に手を差し出し、名前を尋ねた。改めて挨拶を交わしたところで、男性は、自分の身の上について話し始めたようだった。立ち上がって男性の話を聞いていた女性は、男性を静かに見つめ、うなづきを繰り返し、そして、何か声をかけてそっと男性を抱きしめた。聞こえたのは数年前に男性が奥さんを亡くしたというところだけだったが、その彼の人生や想いを、彼女が受け止め、労ったかのように見えた。それから彼は自分の席に残していた飲み物を彼女の席に移り、彼らは今も話続けている。彼の話を、彼女は片肘をついて頰をもたげ、彼をじっくりと見つめながらときおり相槌を打ち、微笑んでいる。

機械が人の仕事の多くを肩代わりすることになったとき、人間は何をするのだろう。人は何から幸せを感じるのだろう。この問いはここ数年考え続けてきたことだ。時間も場所も選ばずに仕事をし、余暇に多くの時間を使えるようになる人が増える日もそう遠くはないだろう。日本ではまだ少し時間がかかるかもしれないけれど、「年に数週間は南の島でのんびりする」「暮らしている場所とは違う場所で時間をすごす」というライフスタイルを実現している人も既に多くいる。ひとしきりやってみたいことはやって、日々の暮らしと余暇を楽しむのに十分な収入を得られるようになったとき、人はもっと深くにある自分自身の根源的な欲求や幸せが何なのかを考え始めるだろう。

自分自身と出会うこと、人と出会うこと、世界と出会うこと。それはこの先の人生で私が大切にしていきたいことであり、多くの人の心の中にある欲求と幸せの種なのではないかと思っている。物を所有すること、相対的な価値観の中で優越感を感じること、未来と成長に向かってひた走ることは人の心を興奮させるが、それらによって得られる満足感はあっという間に消えてしまう。デジタルテクノロジーによって便利になることこともあるが、それを利用することが目的となりいつしか便利なものを使うことに忙しいということにもなりかねない。(既に多くのサービスでいかに長い時間そのサービスの中に人を留まらせるかに主眼が置かれているように思う)

リアルであれオンラインであれ、その瞬間に目の前にいる人、発される言葉、存在そのものにただただ向き合って、今ここで出会えたことに喜びと感謝を感じられたら…。本を読む手を止め、目の前の人に向き合い、手を取った女性の姿を思い出している。2019.4.30 15:04 Den Haag