今日も東の空には薄い雲がかかっているのか、書斎の窓から差し込む日差しは少し柔らかだ。太陽の昇る場所が東にずれるとともに、光が直接差し込まなくなっているというのもあるかもしれない。中庭の大きな木は、そのぐにゃぐにゃとした枝の形が分からないくらい葉が茂り、藤棚のような棚に広がる枝からも黄緑がかった葉がどんどんと伸びている。

我が家には明後日から、日本から友人家族が滞在をしに来る。人との暮らしで多少気を遣うところはあるが、特に、おそらく3歳になる子どもと会えるのを、そして日々その様子を観察し、一緒に遊べるのをとても楽しみにしている。今日は彼らが使う寝室の掃除をしたり、クローゼットの中を片付けたりという一日になりそうだ。

今朝は、2つの、それぞれに少し長い夢を見ていた。1つ目の夢は目覚めとともに忘れてしまったが、2つ目の夢を書き留めておく。

夢の中で私は男性と一緒に寿司屋に食事に行くところだった。医者をしているコーチングのクライアントさんが招待してくれたのだ。(東京の中の比較的オフィスビルが並んでいるようなエリアの)建物の一角に行くと、和風の引き戸のある店があり、その入り口で高校生くらいの女の子が私たちを招き入れた。その女の子と同じくらいの年頃の女の子たちが、私たちの席までちらし寿司のようなものを運んでくる。その時点でなぜか、私は、女の子のお父さんにコーチをしているはずが、その女の子にコーチをしているということになっていた。食事をしながら、その女の子の母親とも話をしたはずだが、このあたりはあまり覚えていない。食事が終わり、女の子が「どうでしたか」というようなことを聞いてきた。

寿司屋を出て駅に向かうが、その途中で男性とはぐれてしまったため、私は電話をかけようとするが、持っているのがガラケーで、その中に男性の連絡先が見つからない。もう一つスマートフォンを持っていることに気づき、その中で連絡先を探してガラケーから電話をかけようとするが、連絡先が見つからないうちにガラケーの充電が切れてしまった。その前に男性の態度に何かしら腹を立てていた私は「まあ、あの人とはもういいか」と連絡を取ることを諦め、駅を出て歩き始めた。

気づけば大きな川の上にかかった橋を渡って、駅から言うと「向こう岸」に出ていた。幼少期から大学生までを過ごした地域にあった室見川(むろみがわ)にも見えるその川の、目的地よりも少し上流川に出たらしく、地図を確認して左の方に進んだ。途中、平均台のように細い道があり、進むのを躊躇していると、前を行く少しふっくらした比較的小柄な男性がどうぞと手を差し出し、道を渡るのを手助けしてくれた。おだやかな口調やペースに安心感を感じながらそのまま一緒に進んでいくと、陸上の道が途切れ、再び対岸への橋がかかる場所に出た。錆びた鉄のようなものでできた橋と、川幅の広がった川の中には同じく錆びた鉄のような色をして工業的な雰囲気を放つ生き物のような船のような(ディズニーランドの海底2万マイルのアトラクションにある潜水艇のような)ものが見えた。この橋を渡って向こう岸に行き、再びこちらに戻ってくる道はあるのだろうかと思いながら、先ほどの男性と一緒に橋を渡り始めたところで目が覚めた。

その後、身体を起こす前に、チラリと「クラシックバレエの大会で優勝した女の子がつけていた、亡くなったお母さんが作ったティアラの作り方と材料のセットが売られている」というシーンを見たことも覚えている。2019.4.24 8:42 Den Haag