20時近くなっても、空はまだ、曇りの日の昼間くらい明るい。この、一見すると気持ちのいい季節をどう過ごしていいのか分からなくて困惑している自分がいることに気づく。17時すぎには暗くなっている時期には、18時には夕飯を済ませ、照明を落としてソファで静かに読書をし、おそらく22時頃には自然に眠りに落ちるというのが日課になっていた。今は21時をすぎても外はまだ薄明るく、何か作業をしようと思ったらいつまででも続けられてしまう。しかし、インプットをしたりゆらゆらと考えを巡らせる時間が少なくなると、自分自身の満足度、何かを深めていっているという感覚はとたんに落ちてしまう。

今日ちょうど、適応と適用という話を聞いた。大きくは環境など外的なものに自分を合わせていこうとする作用か、その逆の、周囲のものを自分自身に合わせていこうとする作用かだと理解している。思い返せば私は、環境への態度として適応というのが基本になっているように思う。ここで言う環境とは、自分自身の身体も含んでいる。身体の中に心と呼ばれる、何かを感じる部分があるというイメージだ。心からすると、身体はいつも、特に月の影響を受けて大きく変化をしている。それに対して自分は、あらがうことなく、その波のようなものの存在を受け入れて、その上でどう快適にすごすか、もしくはやり過ごすかということを考えている。例えば痛みやホルモンの変化を抑える薬はあるが、それを使って、自分が思うように過ごそうとは思わない。季節や気温の変化に対しても同じだ。環境を自分の思う通り快適にコントロールしようとするのではなく、そうであるという前提で自分自身の生活リズムや仕事の内容を季節や温度に合わせて変化させればいいのではないかと最近も考えていた。

これは、身体という環境が変化をすることを受け入れざるを得ない(と思ってきた)ことに加えて、小さい頃から父に言われていたことにも関係しているのかもしれないと思う。私の両親はああしなさいこうしなさいと言わない(勉強しなさいとさえ言わない)人たちだったが、唯一母に言われたのが「周りの人に感謝をしなさい」であり、父に言われたのが「手に職をつけなさい」であった。「女性は結婚や子育て、パートナーの転勤など、自分の意思では仕事について決められないことがある。どんなところに行っても生きていけるように、手に職をつけなさい」ということだった。父はその年代では当たり前であったように、一つの会社にずっと勤めていた。その中で思うところもあったのだろう。(そして今思えば、この言葉の中には、様々な親の思いや視点が含まれており、それが自分自身に強く影響を与えているというのが今になって分かる)

「自分は環境に適応するものだ」というのは、無意識の中に刷り込まれ、そしてずっとそういう経験を積み重ねてきたのだろう。そしてもし、自分が適応できない環境があったとき、周囲に働きかけて環境もしくはその一部を変化させようとするのではなく、環境自体を変える(自分がいる場所を変える)という選択をこれまで私はしてきている。数度の転職は、決してネガティブな理由ではなかったが、その環境の中では実現できないことがあるときに、そこでどうにか実現しようとするのではなく、実現ができる場所に身を置き換えるという選択だったとも言える。

しかし、常に環境に合わせるという姿勢でいるかというとそうではない。例えばお茶会などの場をつくるとき、そこにいる人たちの居心地や心に沿うようにもするが、一方で、ある程度自分がつくりたい場の雰囲気に引き寄せるための仕掛け(お湯の温度や、話すスピードなどの調節)を意図して行なっている。コーチングの際も、基本的には相手のペースに沿うが、大きな方向性というか、この場合は範囲のような基準は持っているように思う。しかしそれは、あくまで、相手の考えていることがベースにあってのことで、そこから、深めたり、ずらしたり、壊したり、再構成したり、結びつけたり、どういう試みを提案するかという方向性を持っているという程度である。

こうして考えてみると、私は自分の周りにあるほとんどのものに対して適応をしようとしているように思う。そのプロセスで多少の混乱はあるものの、その中で心地いいリズム、環境と調和したハーモニーを奏でていることが自分にとって良い状態だと思っているのだ。とすると、この、オランダの季節感や気温、一日の流れ、一年の流れにまだフィットさせられていない感じがする今は、移行期間のようなものなのか。数十年身体に染み付いている日本的な年間のリズムというのはどのくらいで更新されるものなのだろうか。

ひとまず、脳と心のまだ眠っている部分にゆらぎを起こさせるために、まだ明るくても読書の時間を始めることにする。2019.4.23 20:29 Den Haag