遠くでシャンシャンと鈴を振るような鳥の声と、カモメの声も微かに聞こえてくる。東の空は薄ぼんやりと明るくなりはじめているが、雲が広がっているせいか、まだ太陽は顔を出していない。

オランダは今日はイースターに関連する祝日だそうだ。おそらくこのまま静かに(もしくは先日のように中庭が賑やかかもしれないが)一日が過ぎていくのだろう。今日はこの日記を書くためにいつもより早く目覚ましをかけた。昨夜は疲れていて早めにベッドに入りたかったが日中に体験したことを忘れずに書き留めておきたかったからだ。

昨日は一昨日と同じく20度を超え、家の中で日が差しているところは暑いほどだった。そんな中、インドネシア系オランダ人の友人に誘われ、公園に行くことにした。ハーグにはいくつかの大きな公園がある。地図上で見る限り、その一つ一つが結構な広さがあり約50万人という人口規模に対して、公園の割合・面積が広いように思う。ハーグの街の北側は比較的大きな家の多い静かな住宅街ということもあり、公園に行く道すがらがすでに気持ちよく、そして多くの人が自転車で北の方面(公園かビーチ)に向かっていた。

公園では先に来ていた友人のさらに友人のカップルと合流し、芝生の上にタオルや毛布の上に腰掛け、持参したカットした野菜やフルーツを広げた。周囲には同じように大人だけのグループもたくさんあるし、子ども連れの人たちも多い。小さなコンロのようなものを持ち込んでバーベキューをしている人、ボールやフリスビーなどで遊んでいる人もいるが、多くの人がゴロゴロとくつろぐか、一緒にいる人たちと楽しげに話し込んでいる。私たちもビールを片手にあれこれと話をした。

「私たちの周りには日本に行きたいと言っている人が結構いる」とカップルが話す。何に興味があるのか聞くと、まずは食べ物、そして自然、人だとのことだった。ヨーロッパとは全く違った文化自体が彼らには面白く映るのだと言う。私からすると、特に東京のようなごちゃごちゃした場所になぜわざわざ行くのか、街も田舎もオランダの方がよっぽど過ごしやすいと思うのだが、彼らからすると異国の空気を味わう楽しさが(東洋人が西洋世界を楽しむのと同じように)あるのだろう。ガツガツした商売っ気のある国は苦手だと言っている友人が日本のことは好きでまた行きたいと言っているのは、日本にはアジアっぽい熱気と、経済的に成熟した国としての安心感のようなものが同居しているからかもしれないとも思った。

カップルは、14年一緒にいるけれども結婚はしていないということだった。そういう関係もあるというのが自然に受け止められること、そして大人たちがこうして天気のいい日には外でゆったりと時間を過ごし、歳を取ったカップルも連れ添って出歩き、やはりゆったりとした時間をすごしていることがオランダ(ドイツもそんな感じだった。欧州の他の国もそうなのかもしれない)の魅力だと感じる。何歳頃には結婚をして、子供を産んで、家を買って、女性はこんな風に働いて…という日本の、今でも暗黙的にある慣習のようなものが私にはとても窮屈だった。パートナーシップにも、子どもとの関係にも、そして一人の人としての生き方にも様々な形がある。社会的な立場や役割ではなく、自分自身を生きるということ、その上で家族や友達、大切な人と時間を共にするということがこの国ではできるのだということを改めて感じた。そのためにはもちろん自分自身の精神的・経済的な自立と自律が欠かせないだろう。「こうやって生きれば幸せ」という枠組みがない中で(その通りにすれば本当に幸せかと言うとそうでもないが)自分自身の価値観を見つけていくことには勇気がいる。そして全く違う他者の価値観を受け入れていくことにもさらに自分の器を広げることが求められる。決して楽ではないけれど、この国で生きるということはそういうことで、それを自分は選んだということを、改めて感じた。2019.4.22 6:57 Den Haag