今日は朝からミーティングが続いていた。昼過ぎにはスーパーに行き、書の時間を持った。このまま読書や学習の時間に充てても充実した一日だったと今日を終えられる気がするけれども、感覚で終わらせるのではなく、今日どんなことが頭をよぎっていたかを捕まえて文字にしておきたい。

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つの、全く異なる種類のミーティングではあったが共通して大事だと感じたのは、雑談というか、周り道の大切さのようなものだ。多くの場合にはミーティングの時間には限りがあり、その日話すべきテーマもある。会議が長くなることは避けたほうがいいという考え方もある。確かに、例えば自分の存在価値を他者に知らしめようとすることが参加者の目的となってしまっているような会議は不毛だと思うし、まずはその関係性や自分自身のその場への在り方に目を向けたほうがいいように思う。

しかし、参加者がエゴを手放し、自分自身であれる状態で参加できるような場であるのなら、そこでゆるやかに話されること、そしてその結果発見されること、生み出されることにはとても価値があり、かつそれには少し、時間がかかるように思う。何気なく近況を話していたところから、やりたかったこと、形にしかけていたアイディアを思い出し、そこに誰かがまた新しいアイディアを加えていくことは、予めアジェンダとして決まっていたことを話し、決められたゴールに向かって進むよりもずっと、発生として自然で、実際に取り組んだときの推進力があるように思う。雑談というほど無下にできない、ダイアログというほど双方向でアクティブでもない、場合によってはその一部を「チェックイン」という言葉で示される、一緒にその場の空気を吸っていることを感じながら話すことが、実は心の深いところにスーッとつるべを落としていくことになるのではないか、そんなイメージが浮かんだ。これはコーチングというよりカウンセリングに近いのかもしれないが、日本で購入してきた本が結果的に心理療法系の本が多く、人が今いる場所から新しい視点を獲得し、その人なりの一歩を踏み出すという点においてはコーチングとカウンセリングの両方の知見を持っておくことは決して無駄ではなく、むしろ重要である気がしている。大きくはこの二つを、もともとプラスのものをさらにプラスにするか、マイナスのものをゼロにするかという大きな分類をしてきたけれど、そもそも何を持ってプラスとするかマイナスとするかというのは支援者が判断するものでもないし、人間の全体を捉えると、プラスかマイナスかと明確に分けられるものでのない。世間が持っているイメージのあわいに名前をつけること、そしてその領域に関する体験を広げていくこと、それが今やっていることでこれからもやろうとしていることなのかもしれない。2019.4.18 17:55 Den Haag