書斎の窓越しに感じる太陽の光はもう夏のそれのように感じる。小さな書斎にも関わらず窓際にヒーターがついておりまだそれをつけ続けているというのもあるだろう。遊びに来たオランダ人の友人が「おばあちゃんの家がこんな感じだった」と表現したように、おそらくこの家はとても古いのだろうけれど、今のオーナーのヤンさんをはじめとし、これまでの家主が手入れを重ねてきたためか、昨年の9月から現在にかけて、とても快適にすごすことができている。ベランダには冬の間重ねたままにしてあった椅子が何脚かある。そろそろそれを拭いて、ベランダで読書を愉しめるようにするのもいいかもしれない。

入り口が1箇所で内階段で(日本式の)3階までがつながったこの家は、かつては1世帯が使用していたのだろう。住民登録ができる人数を、おそらく十分な広さのある寝室の数を上限としているのは(カップルなどは違うのかもしれないけれど)不便なようにも思えるけれど(今の家も2人は十分に暮らせる広さがあるにも関わらず住民登録は1人しかできない)それによって人として快適に生活をしていく住環境が守られているようにも思う。

実はオランダにはじめてきたときはその軽やかな空気感は好きだと思ったが、暮らす場所として快適かどうかはイメージが湧かなかった。どこの通りを見ても、煉瓦造りの家が隙間なく並ぶその様子は、多少息苦しそうにさえ見えた。ハーグで家探しを始めたときも、なかなか見学さえできない焦りと、そのとき借りていた部屋も含め1フロアを更に細く区切った、片側にしか窓がなく風が抜けない間取りに、この街での暮らしが心地よいものになるという期待はあまり抱けなかった。そんな中、1ヶ月の家探しの末ようやく見つけた今の家をすぐに見学し入居をすることができたのは本当にタイミングが良かったのだと思う。

こうして書斎や寝室の窓から中庭を眺めるとき、これがオランダの暮らしなのだと感じる。外と内の間にある曖昧な空間としての窓辺もオランダの家の特徴ではあるが、本当のオランダらしさはやはり外からは見えていなかったのだ。

おのおのの庭には小さなガーデンハウスがあり中には庭に庭用のソファやテーブルが置いてあり、提灯のようなものが下がっている家もある。向かいの家は庭に木の枠が備え付けられ、さらに何かをつくろうとしている。それぞれの家の木々や部屋のあかりが一つの大きな庭としての景色をつくっている。ガーデンハウスの屋根の上を自由に行き来し、遊びまわる猫たちは、それぞれどこかの家で飼われているのだろう。この、一つの空間を共有したゆるやかにつながる中くらいの共同体がつくる安心感がオランダの心地よさなのだと感じる。

そして、家から一歩も出なかった日も、何か自分が自然や外とつながった感じがするのはこの中庭と、中庭が見渡せる窓があるからだろう。強い風が吹いているのか、向かいの家の屋根につけられたカモメの形をした黒い凧がぐるぐると縦に円を書いた。ここからの景色が美しいと思える心があれば、どんな1日も幸せな1日になるだろう。
2019.4.15 13:13 Den Haag