あっという間に太陽は書斎の窓から見えなくなった。日記を書くのは書斎の椅子というのが定番になってきた。同じ場所から同じ窓の外を見ることによって、窓の外にある景色が移り変わっていくことに気づく。そして、それを捉えている自分自身の変化に気づく。ふと、窓の外からこの窓を見ている人がいるとしたらどんな変化に気づくだろうかと思った。


これまで彼女が書斎の机に座るのは、コーチングのセッションのときか打ち合わせのとき、本を読んだり考え事をするときだった。あれやこれやと考えを巡らせていることも多かった。向かいたい先は見えていて、そこにつながる道をすでに歩んでいることは感じているけれど、ここからもっといいものを、必要としている人にどうしたら届けていくことができるのか。あれこれと試行錯誤を繰り返していた。そしてこのゆっくりとしたオランダでの生活を味わうことと、サービスの質を高めることが矛盾しているような気がしていた。

そんな中、あるときから彼女が書斎の机に向かって何かを書いている時間が長くなった。と、同時に、窓の外を眺め庭の木々を、庭で遊ぶ猫たちを眺めている。上の空というわけではなく、見ることそのものに集中するように、感じることそのものに集中するように、そしてそれを文字にしているようだった。それは1日に数回、多くの場合は朝と夕方繰り返された。心の中にあるものを書き出しているようにも、手が勝手に動いて、文字になった瞬間に心の中にあると分かっていなかったものと出会っているようにも見えた。彼女から発せられる光はときに強くなり、ときに空に溶け込むように柔らかになり、蛍が呼吸をしているようにも見えた。彼女がここにある暮らしの中に根を伸ばしていっているようにも見えた。

しかし、ある日彼女はいなくなった。中庭の木の枝についた蕾たちはどんどんと開いてゆき、白い花になり、そして散り始めた。嵐のような風が吹き、細い枝たちがガーデンハウスの屋根の上に打ち上げられ、中庭の木々には太陽の光をふんだんに含んだ黄緑色の葉っぱが茂った。あたたかな日が増え、ガーデンハウスの屋根の上で猫たちが遊ぶ時間も増えた。季節がすっかり変わろうとしている中、書斎の中はからっぽだった。

中庭の木の枝についた白い花が散りかけたとき、彼女は書斎に戻ってきた。そしてまた、書斎で仕事をし、1日に数度、何かを書き留めるようになった。やっていることは以前と変わらない。身体の中心に光が集まり、そして呼吸をするように光が広がっていく様子も変わらない。でも、何かが違う。ここにいることを決めたのか。いや、それはもう、前から決めていたのだと思う。しかし、ここにある暮らしと、彼女が提供したいものが強くつながっていて、今ここにあるものを感じ続けることが、彼女の先にいる誰かのためにもなるのだということを強く確信しているのかもしれない。根はぐんぐんと伸びていくだろう。葉はどんどんと茂っていくだろう。この場所を離れたからこそ、この場所で感じるものの意味、それを書き留めることの意味が、彼女には分かったのだ。

今日も彼女は書き留めている。この一瞬の世界に生きる生命の美しさを、この永遠の宇宙を駆け抜ける静かな音の輝きを。カモメの形をした黒い凧が舞い上がり、彼女が顔を上げた。2019.04.10 16:44 Den Haag