これまでと同じ暮らしがまた始まった。しかしこれまでとはもう同じでないことを実感する。今朝は起き抜けにシャワーを浴びた後にヨガを行なった。ヨガと言っても東京滞在中に教えてもらった初心者向けの動画を参考に身体を動かしていくだけだが、オランダに戻ったら始めようと思ったことを、帰国の翌日から早速実行したのだ。というと、たいそうなことに聞こえるけれど、低血圧で思考と行動のエンジンがかかる私にとって「起きたらすぐにやろう」と思っていることを実行するのは簡単なことではない。気づいたらやっていた。意識ではなく身体が動いていた。というのが適切かもしれない。

その後、日記を書き、仕事を始める前に今度はオーガニックスーパーに向かった。最近、日記を書くことを勧めてくれた友人が食生活に関する記述を多くしていてそれに刺激を受けていたというのは少なからずあるけれど、やはりこのときも、意識で決めたというよりも、身体が自然にそちらに行くことを選んでいたのだと思う。そもそも急いで買わないといけないのはトイレットペーパーくらいで、それは1ブロック先のオランダでは一般的なスーパーで購入することもできるし、そこではオーガニック製品も扱っている。それでも私は歩いて10分くらいかかるオーガニックスーパーに向かっていた。

それまで存在は知ってはいたものの入ったことのなかった店内に足を踏み入れると、なんだか心地いい感じがした。明らかにこれまで行っていたスーパーとは違う。日本では音と光と情報に溢れるコンビニやスーパーでエネルギーの消耗を感じるようになっていたが、オランダでも、見かけは全く違うように見えても、何か似たような構造の中に一般的なスーパーがあるのかもしれないと思った。環境意識や健康意識がすごく高いわけではないけれど、身体はこちらの方を必要としていたのだろう。日本での消耗から回復し、これまで通りの自分に戻るのであればオランダでこれまで通りの暮らしをすれば十分だと思う。しかし、それを通りこして意識と身体はより自然なものを求めているのが不思議だ。それとも極端にある方向に振れた反動でその逆側に大きく振れているのだろうか。おそらく日本に滞在していたときの1/5も食べていないように思うけれど、それでも身体は軽いし思考はクリアだ。あの、頭にぼんやりともやがかかった感じは周囲の環境だけでなく、過食からくるものだったのかもしれない。

目覚めたときにはハッキリと覚えているような気がしていた今朝の夢がだんだんと遠ざかっている。今覚えていることだけ書き留めておこうと思う。

夢の中の私は20代中盤のようだった。何かのきっかけで、高校を卒業できていなかったということに気づき、困惑をしていた。大学を既に卒業している、でもその手前で高校を卒業できていなかったとなると、大学卒業はどういう扱いになるのかというのが困惑のポイントだった。どうやらその後の就職が決まっていたようで、それがどうなるのかということを気にしていた。その場には自分以外の同年代の人たちもいて、そのことについてあれこれと話しをしていたように思う。その後、場所が変わって私は表参道駅の地下にいた。実際の表参道駅とは違って、地下深くから複数の通路が地上まで伸びていて、その一つはかなり渋谷寄りの地上に出るようだった。その中で私は友人との待ち合わせ場所を探してうろうろしていた。どうにか友人と会うことができて、比較的カジュアルな飲食店に腰を下ろした。

覚えているのはそんなところだ。ここのところ、環境が変わると鮮明で長い夢を見ているように思う。オランダで静かな暮らしをしていくとどうなるのか、夢についても少しずつ書き留めていきたい。

窓ガラスを通して入ってくる太陽の光は冬の間のものとは明らかに違って強いエネルギーを帯びている。風が吹くたびに、1枚、2枚と庭の大きな木の枝から白い花びらが舞い落ちていく。2019.04.09 13:32 Den Haag