2週間ぶりにオランダの自宅に帰ってきた。日に日にふくらむ蕾を眺めていた中庭の大きな木は白い花と明るい緑の葉を抱え、向かいの家々の屋根の上にはカモメの形をした黒い凧が3つに増えている。白い花びらはすでに中庭やガーデンハウスの上に散らばり、その上を猫たちが軽やかに通り過ぎる。ふわふわした毛並みのあの猫は前から首輪をしていただろうか。2週間の間に、窓から見える世界は確実に変化していた。20時半を過ぎても空は青白い。

私はこの2週間でどんな風に変化したのだろうか。ぼんやりと身体の中に生まれたもののまだ言葉にしていなかったことたちを振り返っていきたいけれども、まずは今この瞬間の感覚に意識を向けてみる。東京、そして福岡にいる間にあんなにも縮こまっていた背中の筋肉が緩んでいることに気づいたのは乗り換え地であるウィーンだった。11時間のフライト後に関わらず、明らかに日本にいるときよりも身体が軽い。そして今、背中全体にあった硬さはすっかりなくなっている。気の通りはどうか。丹念に掃除された急須の茶こしのように、気持ちよく風が通り抜ける。何げなくつけた書斎の電気が眩しくて電気を消した。向かいの家々の窓のうちいくつかにオレンジ色のあかりが灯っている。

ああ、帰ってきたんだ。扉を開けたときに感じた感覚を思い出す。この家に暮らし始めて半年以上経つのでその感覚が当たり前と言えば当たり前なのだけど、こんな風に感じるのは、日本に行く2週間前からこんな形でここでそのときそのとき感じることを書き留めていたことが大きいように思う。何となくここにいて何となく過ごしていくのではなく、自分が感じることと純粋に向き合う毎日。それは自分自身の中にある曖昧なものを手に取り、共にあることを味わってきた時間だった。思った以上にこの、書き綴るという行為が様々なことに対する考察と、日々の深みを生んでいたことに気づく。

日本を離れるときは消耗した心身を癒すのに静かな時間が必要だと思っていたがそうではない。力を抜いて息ができる場所に帰ってきて、あっという間に身体の状態は回復した。だから癒しは必要ない。ただ、心と身体が静かに暮らしていきたいと言っている、それだけなのだ。しかし、言語化されていないながらも何か強いエネルギーの中に身を置いたことは事実で、これから私は、日本に行く前の自分に戻るのではなく、体験の上に、今日の日を積み重ねていく。

自然(じねん)、終わりの光、そして流れ星の音のこと。過ぎてしまえば全ては宇宙の計らいだったとも思うけれど、この2週間で感じたことを、特に空白のようになっているここ数日のことをできるだけはやく書き留めておきたい。

今日はまず、戻ってきた身体にたくさんの穴が空いた感覚とともに、この空間に身を委ねて眠りたい。みゃーという鳴き声とともに、青みがかったグレーの空に溶け込みつつあるガーデンハウスの屋根の上をすっかり闇の毛皮を纏った猫が通り過ぎていった。2019.04.08 21:16 Den Haag