昨晩も深夜のセッションの後に、覚醒状態が続いていた。そんなときにどうすれば早く眠りにつけるのかまだ適切な方法を見つけられていない。Kindleを読んで、やがて疲れて眠りに落ちるという方法もあるが、昨晩(今朝)は電気を消し、自分の中にある、内的なものやこれからのことに意識を向けてみた。未来の映像と、自分の中にある感覚を照らし合わせていたとき、突如として、自分が作り出していた偽りのビジョンに気づいた。偽り、というと大げさだけれども、自分自身や世間(という幻想)に対する見栄のようなものがあったのだと思う。それは私が一昨年、欧州に渡ってきた理由についてだった。この二年近く、私は今ここにいる理由を、自分に対して偽っていたのだ。言葉と心と行動が一致していないことを分かっていながらも、あれこれと理由をつけて誤魔化してきた。無目的な訳ではなかったが、私には、自分を納得させられるようなそれらしい理由が必要だった。それに気づき、そして、今、今日という瞬間に自分がオランダにいる理由は、それとは別にあること、それがこれからもやっていきたいことであるこで、このままこのままこの道を歩んで行けばいいという啓示のようなものが身体の中をまっすぐに貫いていた。もう自分を偽る必要はない。無理やり作り出した未来に向かう必要もない。

昨日、茶の間の窓辺に置いた一輪挿しの水を変えたときに、挿してある枝に、根が生えていることに気づいた。散歩の途中に道端で採ってきた丸みを帯びた小さな葉っぱのついた枝だったが、そこから白い根が、何本も出ていた。

私もそんな体験をしていたのかもしれない。過去や未来とつながりがあるようでない今を、見知らぬ土地で始めることを選び、そこで向き合った一つ一つのものの中から大切なものを見つけ、そして今、それがここにいる理由になった。とかく人は、目的や原因を知り、人や自分の行動を理解し安心したがるけれど、人の人生はそんなに綺麗に整理されたものではないのだと思う。結果として、織りあがった布に美しい模様を見つけるかもしれないけれど、それもやはり、自分が見たい物語をそこに見出しているのにすぎないのだろう。

今日は珍しく、遠くで教会の鐘が鳴り続けている。鐘の音が10時を告げたとき、書斎の窓から眩しいほどの強い日差しが差し込んできた。2019.03.17 10:02 Den Haag