今日、夢から少し出たところで不思議な感覚を味わった。乗っている電車が駅に止まっているときに、電車がゆっくりと後ろに動き出した感覚を覚えることがある。それは実際には隣に止まっていた電車が前に動き出したときなのだが、かなりの体感覚を伴って、自分自身が後ろに下がっているように感じる。あのときに似た感覚だ。

今私は、とても静かで、ゆっくりとした暮らしの中にいる。世間や世の中という、何か一般的なものや人の行動があるとすると、それに比べて随分と動きが少なく、接する情報も少なく、どちらかというと世間から取り残されたような、そんな暮らしだと思っていた。朧げな意識の中で、ゆっくりゆっくりと進んでいく自分の暮らしの乗った電車のようなものの隣に、別の人の暮らしの乗った、別の電車が並走していることに気づいた。正確にはその瞬間には、書斎の窓から向かいの家の窓が見えるような、静的な景色だった。

しかし次の瞬間、私は、並んだ電車がすごい速さで進んでいるのだということに気づいた。窓の向こうに、同じように進む窓があり、そこだけ見ているとあたかも止まっているように見えたものが、もっと引いた視点で見ると、実はその窓と窓は、どちらも動いていたのだ。あの、窓から外を見ていた自分の視点が、すーっと後ろに下がり、実は自分が動いていたのだということをとらえたときの、息をのむような感覚は言葉で表現するのが難しいけれど、私は確かにその瞬間を体験した。

この体験について色々な解釈を加えることはできる。この静かな日々が、決して成長を伴わないものではなかったのだと自分を勇気付けることもできる。確かに今すでに、あの体験は自分の中に何か確信のようなものを生みつつあるけれど、それが何かについて結論を出すのは少し早急すぎるようにも思う。まだ今の私が捉えきれていない何かにこれから繰り返し気づいていくのだろうし、そこにいるのは、体験に意味を見出している自分にすぎなかったのだとも気づくのだろう。2019.03.16 12:20 Den Haag